インターネットが普及して何が変わったか?って言うと、生活のほとんどが変わったのだが、中でも大きく変わったことがパスワードだろう。
1995年以前にパスワードを決めるなんてのは、銀行キャッシュカードの4桁の暗証番号くらいだったから、適当に誕生日にしてみたり、1326みたいにツモタンヤオドラ1をそのまま暗証番号にしていたりもした。
ここにきて、やれパスワードは8文字じゃないとダメだ、とか、英字と数字を混ぜないとダメだ、とか、いろいろと制限が多いし、それに加えて何かに付けIDとパスワードを発行されるから、どれがどれのパスワードだっけ?って悩むことも多い。 更に3回間違うとロックがかかったりと不便この上ない。
そんな中、私以外の人々も同じ思いを抱いていたのであろう、パスワードを管理するアプリケーションも出来た。これは便利だぞ、と私もそのアプリケーションを利用することにした。たくさんあるパスワードを一旦、紙に書きとめアプリケーションに入力する。全部で12個あった。
全て入力し、エンターキーを押す。
「もう一度入力してください」
というエラーメッセージが出た。 画面をスクロールし見直すと、数箇所ではあるがIDとパスワードを逆に入力していた。 再度入力しなおし、もう一度エンターキーを押す。 次にアプリケーションが求めてきたのは、「このアプリケーションを開く際のパスワード設定画面だった。
その時点で一抹の不安はあった。 たった一つのこのパスワードを忘れてしまうと12個のパスワード全てを失うことになるのではないか!と。
だから、そのパスワードだけは絶対忘れないパスワードにすべきだ、と考えたのは私だけではないだろう。 しかしここで自分の誕生日などに設定してしまうと、ハッカーなる者たちに見破られてしまう。 私は熟考した結果、母親の誕生日にした。 何を隠そう私は両親や妹たち、自分の奥さんや子供たちはおろか、昔付き合ってた彼女の誕生日もいまだに覚えている。 元来、数字を覚えるのが得意なたちだ。 だったらそんなアプリケーションなんか使わなくても良いではないか、という意見もあるだろう。確かにそうだ。 実はこのアプリケーションに入力しているうちに全てのパスワードは暗記してしまったほどだ。
だが、新しいものに飛びつくたちでもあったので、これはこれで利用すべきだとも感じていた。 まさかハッカーも母親の誕生日を設定しているとは思ってないだろう。
私には妹が二人いる。 歳の離れた末の妹が先日、破水したといって緊急入院した。 7月の上旬に生まれると聞いていたので、少し早まったな、と心配した。 だが、無事に6月23日に生まれたとメールで報告があった。
「あと一日遅ければバアバと同じだったのに」
とも書いてあった。
あれ?
6月23日は母親、つまりバアバと同じじゃないか? 私は母親に電話した。
「あら、久しぶり。どした」
「いや、おめでとう。」
「あらあ、ありがと、珍しいね。明日やけどね。」
やはりそうか。明日だったか。私はとりあえずごまかした。
「ああ、そうやろ。 孫と一日違いやね。」
「そうよ~。しかしあれやね、あんたも母親の誕生日を覚えるくらいの息子としての自覚はあったんやね。うれしいよ。」
ああ、母ちゃん、ごめん。実は一日間違って覚えとったんよ、とは言えない。
電話を切った私はパソコンを立ち上げ例のアプリケーションを呼び出した。 「パスワードを入力してください」と画面に表示されている。私は0623と入力しエンターキーを押した。
「パスワードが間違ってます。」
あれ?おかしいな。 私はもう一度、しかし今度は0624と入力してみた。
「パスワードが間違ってます。」
あれれ? は! もしかしたら母ちゃんの誕生日じゃなくて父ちゃんの誕生日にしたっけ? しかしチャンスは残り1回だ。これを間違うとどうなる?ロックされるぞ。
念には念を入れて私は父親に電話した。
「ああ、父ちゃんの誕生日ってさ3月25日よね?」
「ちゃうぞ、21日ぞ。」
何!
私はアプリケーションに0321と打ち込んだ。
「パスワードが間違ってます。」
だめだ! お手上げだ!画面を良く見ると下のほうに「パスワードを忘れた方はこちら」という文字が見えた。 これだ! 私はそのバナーをクリックする。 画面が切り替わり説明文が流れる。
「あなたが設定した質問を選択してください。」
そういえばパスワードを忘れたときのために質問を設定してたな。自分しか知らないような質問を選ぶのだ。 私は確かそこで「昔飼っていた犬の名前」という質問を選択したんだった。 昔飼っていた犬の名前はアスカだ。(アスカに関してはこちらを→ 359発目かつて愛していた話)
私は「アスカ」と入力した。 画面が切り替わりメッセージが表示された。 「パスワード再設定のメールを登録のアドレスに送付しました。」
メールを確認するべくメールソフトをダブルクリックする。
「パスワードを入力して下さい。」
まただ。こんなところにも設定してたのか。私は自分が嫌になってきた。だが仕方ない。私は言われるがままパスワードを入力する。
「パスワードが間違ってます。」
私はあきらめた。 人間は諦めが肝心だ。 全てを投げ出してソファーに横たわった。 妻が近づいてきて、どうしたの?と私に尋ねた。 私はそれまでの経緯をかいつまんで説明した。
「どれ、貸してみ。」
妻はノートパソコンを自分のほうへ向け、キーボードを操った。 かちゃかちゃかちゃ。
「ほら。」
画面を覗き込むとメールボックスが開いていた。
「え?え? 何で?」
妻は勝ち誇ったようにこう言った。
「あんたの考えるようなことは大体分かるんよ。」
この夜、私は浮気をしないと決意した。
ア~コワイコワイ
合掌