大学入学を機に
実家を出て一人暮らしを
始めた。
引越しの前日まで
ウキウキとワクワクが
止まらなかった。
彼女と心置きなく
いちゃいちゃ出来るし
夜遅くまでテレビも
観れるし。
ただ、一つ。
心残りなのは飼ってる犬との
別れだった。
名前は『アスカ』という。
ボクが中学2年の時に
知り合いから貰ってくれないか
と請われ飼う事になった。
ボクは犬猫アレルギーで
更に、小さいときに
犬に噛まれてからは
犬も猫も嫌いだった。
ところが当時、仔犬だった
アスカを見たときに
一目ぼれしてしまった。
聞くと誕生日もボクと
同じらしい。
これは何かの縁だなとも
思ったんだ。
それからというもの
毎晩のようにボクが散歩に
連れて行った。
ボクが親とけんかして
家を飛び出したときも
アスカが一緒だった。
アスカは柴犬とスピッツの
雑種でメスだった。
グレーの胴体に黒い鼻、
足だけが白くてまるで
靴下を履いたみたいに
可愛らしかった。
アスカにはさまざまな芸を
仕込んだ。
定番のお座りから、お手、
そしてジャンプ。
アスカはジャンプが好きだった。
一日中出かけていたボクが
家に帰るとジャンプしながら
出迎えてくれた。
引越しの当日、ボクは
アスカと別れるのがつらくて
福岡のアパートまで連れて行った。
小倉から福岡のアパートまでは
高速道路を使わずに下道で
行った。およそ1時間強の
道のりだったが後部座席に
座ったまま、アスカは
一言も発せず、ただ窓から
外を見ていた。
引越しの荷物搬入の間
アスカはじっと外でお座りのまま
待ってくれていた。
その日の夕食は外で食べようと
思ったが、アスカが寂しそうなので
新居のアパートで食べる事にした。
母親が簡単な夕食を作ってくれ
それをボクとアスカと母親の
二人と1匹で食べた。
夕食後、アスカは母親と
小倉の実家へ帰っていったが
後部座席から身を乗り出し
ずっとボクのほうを見ていた。
ボクも車が見えなくなるまで
手を振った。
寂しかった。
引越し前に抱いた妄想や
ワクワクやドキドキなんか
かけらもなくなるくらい
寂しかった。
大学生活が3年目に突入した頃、
ボクは20歳になっていた。
アスカは6歳になっていたが
相変わらず元気だとのこと。
実家に帰る回数も減り
アスカのことを思い出す回数も
少なくなった頃、母親から
電話があった。
『アスカが病気みたいなんよね。
もう手の施しようがなくてさ。
最後くらいかわいそうやけ
鎖はずして自由にして
やろうかと思うんよね。』
ボクは心臓が破裂しそうな
気持ちになった。
『母ちゃん、あと何日くらい
生きれそうなん?
俺、アスカに会いたいわ。
けどバイトの休みが来週まで
ないんよ!』
『心配せんでもそげんすぐには
死にゃあせんよ。医者の話だと
2ヶ月くらいは保つらしいけ。』
『じゃあさ、今度の休みに
そっちに帰るわ。』
ボクは電話を切った後も
胸騒ぎが止まらなかった。
母親から電話があった数日後
ボクはいつもの友達と
学校の中央会館にある食堂で
昼食を食べた。
そのあと、食堂前の広場で
一休みしようとベンチに座ったとき
前方から薄汚れた犬が1匹
歩いてきた。
アスカだ!
ボクはアスカに駆け寄った。
どうした?どうやってココまで来た?
薄汚れたアスカは本当に
アスカなのか判断がつかなかった。
けど、そのときボクの声に
反応したアスカが力なく
ジャンプしたんだ。
間違いない!
アスカだ!
ボクはアスカを抱きしめた。
ただ、その後の授業は
単位の関係でサボれない。
ボクはアスカにこう言った。
『授業が終わったら
必ず迎えに来るから
それまでここでお座りして
待っててよ。お座り!』
アスカは従順な顔で
その場にお座りをした。
その後の授業の内容なんか
覚えちゃいない。
アスカのことが気になって
気が気じゃなかった。
授業が終わるとボクは
急いでアスカを待たせている
場所へ向かった。
だけどそこにはもう
アスカはいなかった。
ボクは暗くなるまで
アスカを探した。
でもどこにもいなかった。
駅のホーム、暗い路地
そんなところにいるはずも
無いのに・・・・
一旦アパートへ戻り
バイト先へ電話した。
無理言って休ませてもらった。
電話を切るとすぐに
電話が鳴った。
受話器を上げると
母親からだった。
『サトル、アスカがおらんくなった。
昨日の夜から首輪を外したら
逃げたみたい。』
『違うよ母ちゃん。
アスカは今日、大学に来たよ。
ほら、引越しのあの日、
あいつずっと車の外を
眺めよったやん?
俺に会いにきたんよ!』
『ホントね?で、今アスカは
そこにおるんね?』
『いや、俺が授業受けとる間に
おらんくなった。だけ、俺も
今日はバイト休んで
今から探すと。』
ボクはヒロシに頼んで
一緒に探してもらった。
でも見つからなかった。
明日になったら朝一番で
保健所に問い合わせてみよう。
でもその夜はなかなか
寝付けなかった。
胸がドキドキしていた。
もう一度アスカに会いたくて
アスカを抱きしめたくて
眠れなかった。
ようやく眠れたのは
明け方近くだった。
電話の音で目が覚めた。
取ると母親だった。
『ああ、おはよう。
朝早くにゴメンネ。
アスカが帰ってきたよ。』
『あ~!そうね~!
よかった~。今日は
保健所に電話してみようと
思っとったんよ。
よかった無事で。』
『違うんよ、さとる。
今朝、犬小屋を見たら
帰って来とったけど
もう死んどった。』
ボクは一瞬、母親が
何を言ってるか分からなかった。
『そうね。』
そう一言言ってから
ボクは電話を切った。
電話を切った後、
ボク一人で泣いた。
ずっと泣いた。
泣きつかれておなかが
すいたので台所に行った。
買い物もしてなかったので
何も食べるものは無かった。
しかたなくベッドの上に戻り
ぼんやりとテレビを観た。
テレビの後ろに何かが
あるのに気づいたのは
本当に偶然だった。
手を伸ばしそれを手にとって
みた。写真だった。
そこには私に飛びつく
アスカが、元気なころの
アスカが写っていた。
ボクはもう一度泣いた。
サヨナラ アスカ
合掌
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