もしあなたが
『すべてをなかったことにする』
そんな能力を持っているのなら
その力を発揮できるのは
こんなケースだろう。
昼食のために入った
そのレストランは
お昼の書き入れ時
にもかかわらず
閑散としていた。
私が店員に通された席は
6人くらいの大人が
ゆったり座れるほどの
大きなボックス席だった。
これ、店員のミスじゃない?
窮屈な席よりはいいと思う。
けどね、
広すぎない?
俺、一人よ?
ここさ、6人は座れるよ?
と、思ったけど
口に出さないだけの
礼儀はあるつもりだ。
となりのボックスに
座る若い男性二人組が
私をじっと見ている。
広くていいなぁ、
なのか?
それとも私の顔に
何かついているのか?
視線が気になったので
トイレに行くふりをし、
席をいったん外し
戻ってくる際には
彼ら二人に背を向ける位置に
座りなおした。
背中越しに
彼らの会話が聞こえる。
『社長はよく来られるんですか?
この店。』
社長、と呼ばれているのが
二人のうちのどちらか
分からないが
声の感じからすると
年配の方が発した声に
感じた。
『結構来ますよ。
先日も会社の子たちを
連れてきました。
このミートスパが
みんなお気に入りなんです。』
と、今度は若い方の声で
そう聞こえた。
なるほど。
若い方が社長で
年配の方が立場が下の
関係なんだな。
まあ、想像すると
年配の方が営業マンで
この会社の担当者なんだろうな。
『で、社長。
さっきのお話の続きですが
モードゲンスイヒはどれくらいで
お考えでしょうか?』
『そこなんですよ。
問題は。
レーリーゲンスイがどれくらいか
で決まるんでしょうけどね。』
『確かにおっしゃるとおりで。
じゃあ、アルファとベータは?』
『CAEの結果をみないと
なんとも・・・』
えっと・・・
まったく分からん。
なんじゃ?
聞き間違いか?
モードゲンスイ?
レーリー?
アルファ?
ベータ?
『では、試作品は
なしの方向で?』
お。
これは分かるぞ
試作品ね。
何かあれかな?
物を作る会社かな?
『ロマックスが主流ですかね。』
『ああ、ロマックスね。
あそこって今はヘキサゴン
だよね?』
『おっしゃる通りで。
いずれにしてもCAEの
結果しだいですかね?』
ロマックス?
ヘキサゴン?
CAE?
なんじゃこりゃ?
まるっきり
分からんやん。
私は食事をしながら
背中越しの二人の
会話を盗み聞きしているが
何一つ理解できなかった。
結局、何を食べたかさえ
覚えていない。
外出先だから
辞書は持ってない。
そもそも
辞書に載ってるのか?
さっきのような専門用語が。
こんな時どうする?
人間は知識の波におぼれ
大きな疑問にぶち当たったとき
どうするか?
検索だね
私はスマートホンを
取り出し、検索窓に
とりあえず
「CAE」と入力した。
CAEとは有限要素法などの
数値解析手法を用いた
コンピューターソフトウェアを
使用しデスクトップの
ワークステーションから
さまざまなハードウェアで
実行することができます。
・・・・・????
ふうん。
全然分からんね。
よし。
ワスレヨウ
合掌