752発目 甘酸っぱい話かと思いながら読んで欲しい話。


意味が分かれば
なるほど、となるが
そうでなければ
なんのこっちゃ?
ってなる話を書くことが
比較的、好きだ。

 

小学校の時に剣道を習っていた。

よその小学校の子で
私より強い女の子がいた。

その当時、そこそこ
背の高かった私より
さらに背の高い女の子だ。

 

赤い胴に白い道着は
それだけで他を圧倒する
雰囲気を持っていた。

私が道場までの
交通手段はバスだ、と
言うと、その子は
『じゃあわたしも
明日からバスにしようかな』
と言った。

笑いながら言った。

笑うと白い歯が
綺麗な子だった。

 

彼女と同じ学校に通う
背の小さい男の子たちは
彼女のことを

 

『こむら返り』

 

と呼んでいた。

 

剣道の道着の一つである
垂れには彼女の名前が
刺繍されている。

そこには

『古村』

と書かれていた。

 

なるほど。

古村、だから
こむら返り、か。

センスないなぁ。

本名より長いって
効率悪いなぁ。

と思っていた。

 

こむら返りの意味が
分からなかった私は
帰宅して母親に尋ねた。

 

『母ちゃん、
こむら返りっちゃ
何やろか?』

 

『どしたんね?
あんた足つったん?』

 

母親はどうやら
私が言葉の意味を
尋ねたのではないと
思ったようだった。

 

『つったんって?
足がつることを
こむら返りって
言うと?』

 

そう聞き返すと
母親はそうだと言う。

 

ふうん。

なんの脈絡もない
あだ名だなぁ。
あの小学校の男子は
そろいもそろって
センスなしばっかりやな。

 

その当時の私の
率直な感想だった。

 

それから10年後
私は古村さんと
成人式会場で
再会した。

 

向こうから
気づいてくれて
話しかけてくれたのだ。

 

10年ぶりに会った彼女は
私より小さくなっていた。
いや、私の背が伸びたのか。

『私の事、覚えてる?』

恐る恐る私に尋ねてきた。

 

正直に言うと
その時点では誰か
分からなかった。

ただ、すごくきれいな人だなぁ
とは思った。

彼女は私の記憶を
呼び戻そうとして
剣道の時のジェスチャーをした。

 

『あ!古村さん?』

 

『ピンポーン』

 

とても綺麗な笑顔で
人差し指を空に向けた彼女は
ひょっとしたら天使じゃないか
とさえ、思えた。

 

『あ、でもね。
小学校を卒業するときに
両親が離婚して
今はツダになっちゃったんだ』

 

『あ、そうなん。
ごめんね。』

 

『ううん、気にしないで。
ヤマシタ君は今は?』

 

『大学生。福岡に住んどる』

 

『そう。遠くに行ったんやね』

 

しばらく沈黙した。
私はその沈黙が嫌で
どうでもいいことを
口走った。

 

『あ、でもあれやね。
もうこむら返りじゃ
なくなったね。』

 

彼女は笑いながら
こう言った。

 

『あははは。あのあだ名ね。
あれは最悪やったね。
高校卒業するまで
男子たちからはそう呼ばれてたよ。
センス悪いよね。』

 

彼女も同じことを思ってたのか。

 

『でも今はそう。
友達からはつったんって
呼ばれてるの。』

 

え?

 

え?

 

『ん?何て?』

 

『え? つったんだよ
ツダだからつったん。
あんまりセンス良くないか?』

フフフと
彼女は伏し目がちに
笑った。

 

つったん。

 

いや、

俺の母ちゃんすげえな。

結果的に
このあだ名を
予言してたんだな。

 

グウゼンノイッチ

 

合掌

 

 

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