748発目 上には上がいる話。


ライナーノーツ

ほんの少しだけ
自分の話をさせてもらおう。

私は自他ともに認めるほどの
おしゃべりボーイだ。

 

いや。

 

ボーイではないな。
オイサーン(注1)だ。

 

そんなおしゃべりオイサーンの
ワタシですら舌を巻くほどの
おしゃべりは地球上のどこか
どころかすぐ近くにいた。

 

ワタシが所属する営業部は
1課と2課に分かれており
それぞれの課に課長がいる。
その2課の課長を務める男が
九州ナンバーワンの
おしゃべりオイサーンなのだ。

もしかしたら日本一かもしれない。

 

彼はとにかくしゃべる。

 

飲み会に同席されると
本当ならワタシがしゃべりたいのに
彼に邪魔される。

自他ともに認めるはずの
ワタシのおしゃべりの
はるか上を行く男が
ここにいたのだ。

彼の前に立てば
ワタシなんてただの
無口なシャイボーイだ。

いや。

シャイオイサーンか。

 

営業の一環で沖縄に出張した。

ワタシが所属する1課の管轄は
福岡県北部と沖縄を受け持っている。

那覇の事業所に常駐する営業マンと
普段のルート営業先にあいさつを兼ねて
同行訪問することが今回の出張の
主な目的だった。

 

いつも私の横にいるはずの
2課の課長はいない。
彼は福岡で留守番だ。

やれやれ。
静かな時間を過ごせそうだ。

初日の訪問先は主に
当社の情報源となっている
金融機関を廻ることに
なっていた。

分刻みで設定されたスケジュールを
たんたんとこなしながら
ワタシは与えられた時間内で
おしゃべりするスキルを
高めていった。

 

『課長、次の場所からさらに
次の場所までは移動に20分ほど
かかるので、面談時間は40分が
リミットです』

 

沖縄担当の営業マンは
ワタシに釘をさす。

おしゃべりじゃない人が
おしゃべりな人にできるのは
釘をさすくらいだろう。

『あんまりしゃべるな』と。

 

特に大きな問題もないまま
一日目を終えた。

その日の飲み会は
2課の課長がいないため
ワタシの独壇場だった。

大変満足しホテルに戻り
翌日に備え就寝した。

そして迎えた出張2日目。

 

世の中には上には上が
いるんだということを
思い知ることになる。

 

2日目の訪問先1件目は
当社のオフィスからほど近い
地場の不動産屋だった。

応接に通された私は
先方の担当者が現れるのを
ソファーで待った。

ドアがノックされ
先方の担当者がしゃべりながら
入ってきた。

『いやいやいや。
遠いところをありがとうございます。』

そう言って彼は名刺を出した。

相手の名刺を受け取り
ワタシの名刺を出したところで
彼は話題を変えた。

そこからおよそ7分間。

彼はしゃべり続けた。

絶え間なく。
ず~っと
7分間という
割と長い間
しゃべり続けた。

 

久々の衝撃だった。

 

久々に会えたおしゃべりオイサ~ンだった。

 

息継ぎもせず、
こちらの相槌にすら
耳を貸さず
我がのしゃべりたいことだけを
ただひたすらにしゃべる男。

もし彼の母親に会える機会が
あるとしたならば絶対聞きたいことがある。

『彼を産んだ時、
どこから産みましたか?』

『そうねえ、随分前だから
記憶はおあやふやだけど
多分、口からじゃ
なかったかしら?』

『きっとそうですよ』

 

そんなおしゃべりオイサ~ン沖縄版が
ようやく私に話しかけてきた。

『レンタルオフィスについて
教えてほしいんです。』

 

ワタシは心の中で舌打ちをした。

 

『ちっ。オフィスはほとんどが
レンタルやろうが!』

 

多分、シェアオフィスと間違って
言ってるんだろうと想像して
ワタシは話を合わす。

 

『今、手掛けている物件が
昭和3年の夏ごろに竣工するですが
入居募集に苦戦しそうなんですよねぇ』

 

ああ、

令和3年と間違ってるな。

せめて平成と間違えろよ。

昭和だとなんだかわざとなのか
ボケたのか、間違えたのか
分かりにくいやんか。

 

『反抗期に合わせて竣工しないと
なかなか満室になりませんからねぇ。』

『沖縄の反抗期は2月から4月なんです。』

 

ああ、

繁忙期のことね。

あんた沖縄の反抗期って
ボケたん?
間違ったん?

 

この人あれだな

口数も多いけど
言い間違いも多いなぁ。

興奮してるから
間違ったことにも
気が付いてないしなぁ。

 

やがて苦痛な時間が終わり
辞去することにした。

 

彼は我々を出入り口のところまで
見送りに来てくれた。

靴を履き終えた私たちは
一応の礼儀を尽くすべく
深々とお辞儀した。

 

『お忙しいところ
お時間を取っていただき
ありがとうございました。』

 

彼はその時だけ
神妙な顔つきになり
『いえいえこちらこそ』
と言っていた。

そして車を停めてるところまで
しゃべりながらついてきた。

『いやあ、やっぱり
ホークスが勝ちましたね
ホークス強いですね。』

 

そしてそのまましゃべりを
止めることなく
我々が車に乗り込んだ後も
手を大きく振りながら

『今度、博多に行った時は
おいしいモツ鍋屋をおしえてくださ~い』

としゃべっていた。

車は走りだし
少し離れたところで
運転する部下がバックミラーを
見ながらこう言った。

 

『ああ、まだ口がパクパク
動いてますね。』

 

筋金入りのおしゃべりだな。

 

ウエニハウエガイル

 

合掌

 

※注1
オイサ~ンとは小倉の方言で
おっちゃんとかおじさんのことだ。
主に年齢が40を超えたあたりから
そう呼ばれることになる。

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