744発目 接客の極意の話。


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高校生の頃、大好きだった女の子は
ポニーテールをしていた。

大きな瞳はきらきらと輝いていて
笑うとえくぼができた。

僕は彼女のすべてが好きだったし
そして彼女のすべてを
許していた。

そしてあの頃の僕は
あの頃の彼女と同じく

若かった。

 

 

 

少し伸びた前髪が
鬱陶しくなった土曜日の朝、
今日こそ散髪に行こうと
美容室の予約をした。

 

最近は便利になったもので
webで予約もできるし
順番待ちですらwebで可能だ。

 

世の中のほとんどのことが
スマホのアプリでできるんじゃ
ないか?と思えるほどだ。

 

美容室の開店時間が10時だから
10時半に予約をした。

 

登録しているメールの受信箱に
『10時30分で予約を承りました』
と返信があり、その後に
『10分前になったら再度お知らせします』
と記載があった。

 

親切だと思う反面、
これが接客だと勘違いして
ないだろうな、と
疑問が頭をよぎった。

 

そもそも接客とは・・・

 

いや、やめておこう。
オサーンが何を言ってる?
時代遅れだぞ、と
言われそうだ。
アプリが丁寧に接することも
この時代は接客と
呼ぶのだろう。

 

怒りを抑えて時計を見る。
そろそろ家を出ないと
間に合わなくなるな。
お知らせメールは来てないが
約束の時間に遅れるよりは
ましだ。

 

店の前に到着したところで
『そろそろご来店ください』
と、お知らせメールも来た。

 

店内に入ると女性スタッフが
近づいてきた。
ポニーテールにしている。

 

『ご予約はありますか?』

 

私は首肯しスマホの画面を見せた。

 

『webで予約のお客様ですね?
順番が来ましたらお呼びするので
少々お待ちください。』

 

ポニーテールを揺らしながら
笑顔を浮かべた女性スタッフは
高校生の頃のあの子を
思い出させた。

 

待合室のソファーに座ったとき
壁に貼られたポスターに
気が付いた。

QRコードが印刷されており
その下に説明が書いてある。

 

『アプリで簡単予約。
もう待たされることは
ありません。』

 

待たされとるやん。

 

アプリで予約したのに
少々お待ちくださいって
待たされとるやん。

 

『ご予約の時間から
20分が経過したら
キャンセルと
させていただきます。』

 

という注意文もあった。

 

待たされることへの
怒りが芽生えたが
ポニーテールの彼女が
『少々・・・』
と言ったので我慢することにした。

 

高校生の頃のあの子を
思い出したもんだから
僕は彼女のすべてを
許そうとしていたのだ。

 

置いてあった雑誌に
目を通し時計を見ると
すでに僕が入店してから
つまり、ポニーテールの彼女から
マテと言われてから
40分が経過していた。

 

再び怒りの炎が
メラっとしたが
ポニーテールの彼女が
そんな私に気が付き
遠くから
『もうちょっと待ってくださいね』
のジェスチャーをしてくれた。

 

僕の中に芽生えた
怒りの炎は一瞬で鎮火した。

何しろ、ジェスチャーをしてくれた
って言ってるからね、すでに。

 

【した】じゃなくって【してくれた】
の時点で僕はもう彼女に夢中だって
ことだもんね。
下僕の発想になってるからね。
マゾの女王様に対する言い方だからね。

 

20分遅れただけで
キャンセルにされるルールを
あいつら自ら破ってるのに
僕は彼女を許してるからね。

 

そこからさらに5分待つと
ポニーテールの彼女が
近づいてきて
『お待たせしました』
と満面の笑顔で案内してくれた。

 

どうやら彼女が
担当してくれるようだ。

 

公式①
待たされたことへの怒りをAとする。
ポニーテールの彼女が担当することの
喜びをBとした場合

 

A<B

 

『随分お待たせしちゃって
すみませんでした。』

 

A<<B

 

『随分いい感じに白髪が
生えてますよね?めっちゃ
ダンディーですね。』

 

A<<<B

 

『え?50歳には見えませんよ!
あ~でも、大人って感じで
落ち着いてますよね~。
モテルでしょ?』

 

A<<<<B

 

『顔もタイプです~』 

 

A=0

 

なんてしっかりした
接客をするのだろう。

 

僕はポニーテールの彼女が
発する言葉の一つ一つを
噛みしめながら、支払いを済ませ
帰路についた。

 

そして帰り道、重大な事実に
気が付くことになる。

 

そう

 

私はもう

ワカクナイ

 

合掌

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