736発目 有田陶器市に行きたくなる話。


今年のゴールデンウィークは

コロナウィルスの影響で

自宅待機を余儀なくされている。

 

 

中国の武漢という街で

2月ごろに発見された

コロナという名のウィルスは

その数日後に日本に上陸し

あっという間に広がった。

 

対岸の火事だね、と

余裕を持ってたのも

ほんの2~3日だった。

 

横浜港に停泊した

なんちゃらとかいう

豪華客船の乗客が

感染したぞ~っと

騒ぎ出したと思ったら

 

『なんか、福岡にも

感染者でたらしいよ』

 

とかいうニュースを

目にするようになり、

とうとう4月の頭には

『緊急事態宣言』

なるものがされた。

 

私も家族もそして

私の勤務先でさえも

事態を重く見たため

無駄な接触を極限まで減らし

外出を控えた。

 

そしてそのまま

ゴールデンウィークに

突入した。

 

退屈な毎日を子供たちと

過ごしていてふと思った。

 

11年前の5月2日

 

私の大好きな日本の

ロックミュージシャン

 

忌野清志郎が死んだ。

 

今でもその日は何をしていたか

鮮明に覚えている。

 

それくらいショッキングで

記憶に残る一日だったからだ。

 

その日私が何をしていたか?

 

その話をするには

一旦、話を4月の末ごろに

戻す必要がある。

 

 

彼の名誉のために

名前は伏せておこう。

 

仮に彼をスクルージと

呼ぶことにする。

 

スクルージとはさほど

親しい間柄ではなかった。

共通点といえば

福岡在住ということと

性別が男ということ

それくらいだった。

 

彼は私が最も嫌うタイプの

男だった。

 

軽佻浮薄を絵に描いたような

いでたちで、口調も軽やか、

一挙手一投足がすべて

胡散臭い。

 

けいちょう-ふはく
【軽佻浮薄】

考えや行動などが軽はずみで
浮ついてる様。
略して『軽薄』

 

4月末ごろに彼と再会したのは

暗雲低迷と言えた。

 

彼はすぐに私に気がつき

そして呼んでもいないのに

近づいてきた。

 

趣味の悪いガラのネクタイを

ぶらぶらとさせながら

近づいて来る彼はまさに

軽薄の塊のようで

黒いスーツが雨雲の様だった。

 

右手を軽く上げ

ようっと声をかけてきたので

私は口の中に苦い虫でも

入れられたような気分に

なったが、ぐっとこらえ

挨拶を返した。

 

まるでこちらの挨拶が

聞こえてないかのように

彼は自分のカバンを

広げ小さな段ボールの箱を

見せた。

 

『ほら、これ見てくださいよ。』

 

私はさほど興味がなかったが

礼儀として覗き込んだ。

 

そして礼儀としてこう

言うべきだろうと考え

その言葉を口にした。

 

『何ですかこれ?』

 

スクルージは嬉しそうに

そして丁寧にその

箱をカバンから

取り出した。

 

少しだけ蓋を開けると

その少しの隙間を

こちらに向けて

 

『ほら、これ。

分かります?』

 

と言った。

 

見えるか!

こんな隙間で!

ってゆうか

何でもいいわ!

早く解放してくれ!

 

そんな思いを

口にしないだけの

礼儀と忍耐はある。

 

スクルージは

箱の中身が湯のみだと

言った。

有田焼だと。

 

普通に買うと

1万4~5千円くらい

するらしい。

 

そこまで聞いても

私の感想は

『ふうん。それがどうした』

しかなかったのだが

適当な相槌でも打って

早くこいつから

解放されたいので

 

『貴重な品物ですね』

 

とだけ言った。

 

スクルージは尚も

軽薄な笑顔を浮かべ

『いくらで買ったと

思います?』

とクイズを出してきた。

 

私は少しも考えずに

即答した。

 

『見当もつきません』

その回答に彼は満足したらしい。

 

『実はただでもらったんですよ。

今日ね、知り合いの事務所で

この湯飲みを褒めたんですよ。

そしたらその社長が

ほら、ヤマシタさんも

知ってるあの社長が

いらないから持ってけって』

 

たいそう興奮した様子で

彼はしゃべっているのだが

「湯飲み」の部分は

「ゆもみ」と噛んでいた。

 

その社長は確かに私も

面識がある。

 

『でね、私、その時点で

あ~有田焼やんって

気づいてたんですが

それをタダで持って行った

って後になって言われるの

嫌じゃないですか。

だから1,000円だけ払ったんですよ!』

 

ケチな男だ。

 

吝嗇【りんしょく・けち】

吝嗇家(りんしょくか);金品を惜しんで
出さない人。ケチの当て字

 

何の罪もない社長から

何の苦労もせずに

有田焼をせしめて

あっという間に

1万数千円を稼ぐ。

 

こんな男に関わっていたら

時間がもったいない。

 

私は時間がないから

と言って、極力無礼のないように

その場を辞去した。

 

そして5月2日。

 

私はスクルージと会った

博多駅でその社長に

ばったりと会った。

 

奇しくもスクルージと同じように

社長は右手を上げながら

近づいてきた。

 

『社長、お久しぶりです。

先日スクルージさんに

ここで会ったんですよ。

その時に社長の話になって・・』

 

『ああ、あの軽薄な彼ね。』

 

やはり、経営者というのは

本質を見抜く力があるんだな。

スクルージのヤツ、軽薄なのを

見抜かれとるやん。

 

『でね、欲しいって言うから

有田焼の湯飲みをあげたんだよ。』

 

『ああ、随分高級なヤツでしょ?

喜んでましたよ、彼。』

 

案に相違して社長は笑いながら

こう言った。

 

『ああ、あれさ、

去年のゴールデンウィークに

有田陶器市に行ってさ

たまたまお土産で

大量に買ったうちの一つでさ。

そんなに高級じゃないよ。』

 

『でもスクルージは

高級なのに千円で

売ってもらったと

言ってましたよ。』

 

私はスクルージの悪事を

告げ口するつもりだった。

 

『ああ、お金はいいって

言うのに彼が勝手に

置いて行ったからね。

あの湯飲みは980円だったから

実際には私は20円のもうけだよ。』

 

そういって社長は大声で

笑って去って行った。

 

 

自粛期間中の今、

この話を思い出して

私は来年のGWには

佐賀の有田陶器市に

行こうと強く思うのであった。

 

ちにみにスクルージとは

この物語に出てくる人物です。

 

映画化もされてるみたいなので
この機会にぜひ。

 

ケチナオトコ

 

合掌

 

 

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