そうすることで、何かの威厳を保てるか?というと、実のところそうでもなかったりする。何が?やせ我慢だ。
やせ我慢の語源というか由来は、食べるものもなく痩せ細った人がそれでも貧乏であることを我慢し、平然と生きている様子からきた言葉だ。
別に私は貧乏であることを我慢している訳ではない。痛いけど痛いと言わないだけだ。
681発目 家族の愛の話。でお知らせした通り、私の足の裏にはウィルス性のイボがある。妻に触診を断られた私はやむなく医者に掛かることにした。つまり「我慢」をした。
ああ、そういえば「かかる」という言葉は難しい。病気に「かかる」は「罹る」と書くのに医者に「かかる」は「掛かる」なんだな。
話が逸れたが、とにかく私は皮膚科を受診した。事前に電話をして、初診は予約できないと聞いていたが、患者でごった返す待合室を見渡しうんざりした。仕方ない、我慢だ。
一体、どれくらい待たされたのだろうか?ようやく名前を呼ばれたときには、あまりにも待ちすぎて、それが自分の名前だと気がつかないくらいだった。
診察室に入ると人のよさそうな看護士が二人、待ち構えていた。「どうぞこちらへ」とか「荷物はこの籠に」と、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。待合室で散々待たせたにも拘わらず、診察室に入っても尚、待たせることへの不満はあったが、我慢した。また我慢だ。やがて女医がやって来た。女医のくせにまったく楽しくなさそうな仏頂面で現れた。「全然JOYじゃないな」と心の中でつぶやいた。
女医は見たこともないような長い綿棒を取り出して、水筒のような容器に中に入っている液体に浸し、それを私のイボにぎゅっと押し付けた。イボから煙のようなものが立ち上った。
「センセ、これは一体なんですか?」
そう尋ねた私に、彼女は仏頂面のまま「液体窒素です」と女医なのに全然JOYじゃない答え方をした。カチンと来たがまあいい、我慢だ。
人のよさそうな看護士は「痛くないですか?」と尋ねてきたが私は別に痛くないと答えると不思議そうにこちらを見返した。まるで痛くないのが悪かったみたいに女医は不満そうだった。
それから2週間に一度、通院を繰り返しているが、今日初めて院長先生に診てもらうことになった。口ひげをたくわえたスポーツマン然とした大男で、それでいて口調は柔らかいので「ああ、こりゃモテるな」と直感した。
バリトンの利いた低い声で「痛いから我慢してね」と言われた。またか。 この病院は我慢ばっかり強いるな。私はそれでも今まで一度も痛くなかったので今回も大丈夫と高をくくっていた。
院長先生は長い綿棒にたっぷりと液体窒素をしみこませ、おもむろに私のイボに押し当てた。ギューっと力を込め、そしてグリグリとねじ込むように綿棒を操っている。
痛い。めちゃくちゃ痛い。
私は初めてそう感じた。今までの女医の治療が間違ってたんじゃないかってくらい痛い。だが、両脇に立つ看護士が「ヤマシタさんは痛がらない人」って思ってるふしがあるため、痛みを我慢した。また我慢だ。
「あれ、痛くない?」と院長先生。
「いえ、痛いですよ。」と私。
「ああ、痛いときは我慢なさらずに痛いって言ってもらった方がこちらとしては助かるんですよ。」
なるほど。院長先生の言うことも一理あるな。散々今まで我慢を強いられてたので、この言葉はうれしかった。
では、お言葉に甘えて。
「イテテテテテテテテテテテ」
素直な感想だった。悲痛と言いかえても良い。ものすごく痛い。
「センセ、痛っ!イッタ、イタイイタイ~」
院長先生は私の方を見もせずにこう言った。
「はい、ちょっと我慢してくださいね~」
ナンナンジャソリャ
合掌