銀座を4丁目から1丁目に向かって歩くつもりだった。京橋で待ち合わせだったから電車を乗り換えるより有楽町から歩いた方が手っ取り早いと思ったのもある。だが本当の理由は夜の銀座の街を見たいという欲求だった。
テレビで観るような華やかな世界がそこにはあるのだろうか?ドキドキしながら歩いてみる。
JRの有楽町駅を降り、銀座4丁目交差点に向かって歩いて行く。交差点の左の角に銀座三越が見えてきた。待ち合わせの時間までもう少し余裕があったので銀座4丁目交差点の手前で新橋方面へ曲がってみる。
中央通りの1本西側は、いわゆる飲み屋さんが入ったビルが立ち並んでいる。自分の現在位置を確認するため携帯端末を取りだした。
画面に地図アプリケーションを表示させると、画面が暗くなり白い文字が表示された。そこにはこう書かれていた。「歩きスマホ、危険!」
そうだ。歩きながらスマートホンを操作するのは確かに危ない。私は素直に忠告に従った。ビルの前の歩道から少し入ったスペースをみつけそこに立ち止まり再度スマートホンを操作する。
私の横で若い男性が電話で話をしていた。とても興奮している。でかい声だ。
「馬鹿野郎、俺の野望は俺の一声で大勢の人間を動かすことだっつってんだろ。」
話の脈絡が分からないが随分と物騒なことを言ってるな。まあ、それくらい大きな声なら数人を動かすことは出来そうだな。
「マジだよ、マジ。その手始めとして例の社長に話をしたら今日会ってくれるっていってくれてさ。」
その人間を動かす手伝いをしてくれる社長ってのは一体何の会社の社長だい?
「ああ、今から会うんだ。で、噂の店に連れてってくれるらしいんだよ。やっとここまでこぎつけたぜ!」
そのお店では一体何が行われるのかい?
若者は尚も電話で会話を続けている。興奮が冷めないように小刻みに動きながら電話で会話しているさまは、とても滑稽でしかも目立っていた。
私の隣に、つまりその若者とは逆側にいつのまにか上品な和服姿の女性が立っていた。いつからそこにいたのか全く気がつかなかった。
だから彼女の存在に気がついたとき私は不覚にも少し驚いて「うわっ」と声を出してしまっていた。すると彼女は
「あら、驚かしたかしら?ごめんなさい。」
と、上品に笑った。 「おばけじゃないんだからそんなに驚かなくても良くってよ。」とも言った。
「すみません、おおげさに驚いちゃって。」
私は素直に謝った。そして小さな声で「彼の会話が気になってそちらに集中してたもんですから」と、若者を指さしながら言った。
「銀座にはあの手の若者が多いわ。大勢を動かすなんて夢みたいなこと言って、おかしいわね。」
彼女も若者の会話を聞いていたのか。確かに若者は電話の会話にしては大きすぎる声で話している。
「ああ、だからよ、もうすぐその社長が来るからさ。あとでラインするよ。」
ようやく若者は電話を終えた。私も地図で自分の位置が把握できたので待ち合わせ場所に向かおうかと動き始めようとした。上品な女性はまだ私の方を見ていた。
「随分と行き交う人が増えてきましたね。」
私はなんとなくそうした方が良いと思って女性に話しかけた。
「そうですわね。きっと皆さん、お仕事を終えてオフィスから出てらしたのかしら。」
女性は尚も上品に話す。若者の言葉と比べると同じ日本人とは思えないほどのギャップを感じていた。
と、そこで若者が待ち合わせていた社長を見つけたのか、電話の時と同様の大きな声で一人の男性を呼び止めた。
「あ!社長~~~」
するとそのあたりにいた7~8人の初老の男性が振り返った。
「ふふふ」
上品な女性が笑っている。
「どうされました?」
「いえ、あの彼。 社長~って大きな声で呼んじゃったりして、おかしいわ。銀座にはたくさんの社長がいらっしゃるのに。」
「なるほど、それで今、数人の男性が振り返ったのですね。」
「でも良かったじゃない?」
「何がですか?」
「彼の野望が叶ったわ。一声で大勢の人を動かしたじゃない。」
なるほど。そういえばそうだな。
「じゃ私はこれで失礼。」
上品な和服姿の女性は上品に会釈すると前方から歩いてくる男性に向かって手を振った。きっとあの男性も社長なのだろう。
女性が歩いて行った方向と逆側から誰かが大きな声で「ママ!」と呼んだ。
すると上品な和服姿の女性を含む7~8人の女性が一斉に振り返った。
なるほど。
銀座とは、社長とママがたくさん集まる街なんだな。
試しに「社長とママ!」って叫んだら何組くらいのカップルが振り返るだろう?今度、何かの罰ゲームでやってみよう。
ギンザギンザギンザ
合掌