夏の終わりを名残惜しむように、夜の福間海岸に来ていたのは、二十歳の頃だった。一緒に来ていたあいつは、高校からの同級生で、俺と同じに様に「口から生まれてきた」男だった。
俺たち二人は生まれつきの大病を患っていた。同じ病気と闘っているという点で俺たちはすぐに仲良くなった。 ヤツは俺よりも一年長く浪人して大学に入学してきた。 実家が金持ちだったから2浪して地方の3流私立大学だったにもかかわらず、新車を1台ポーンと買ってもらっていた。福間海岸には、そのヤツの車で来ていた。
口先だけの男が二人で、しかも夜に、なぜ海岸に来たのかって?
俺たちの病気が原因で、その日のコンパが上手く行かず、落ち込んでいたからだ。
どんな病気か知りたいか?
大病だぞ。お前達に聞く勇気があるか? それを知る勇気があるのか? だったら教えてやろう。 俺たちが罹っていた病気は
『心の声が口から出る病』だ。
この病気は苦しいぞ。何しろ、「確かにそう思ってましたけど、今の本当に私がいいました?」ってくらい自覚がないからな。思っても無いことを言ってしまうくらいなら、まだましだ。「心にも無いことを言いました」で済むからな。だが俺たちは違う。思ったことを正直に言って相手を傷つけるんだ。言わなくてよい事、いやむしろ言わない方がよい事を言ってしまうのだ。
その日のコンパでは、かなり序盤で症状がでたんだ。「この程度の顔でも我慢すればやれる。」 ヤツがそう言った瞬間に場が凍りついた。
ヤツがそう言って場を凍らせているとき、俺は全員に背を向けたまま店員に 「ここのカラアゲは鶏肉じゃない何かを使っとろうが!」 と言っていた。 凍りついた場にひびが入ったような沈黙が訪れた。
コンパの主催者だった一つ年下の奴が申し訳なさそうに「ごめんばってん、1次会でお開きにするね」と言って、店を出た瞬間にまかれた。
ヤツと俺は顔を見合わせて「またやっちまったな」と言った。
アレから30年近くが経過し、俺とヤツとの関係は年賀状のやり取りだけになったが、病気は回復しているのだろうか?
治療法もなければ特効薬もない、まさに不治の病と思われた『心の声が口から出る病』も、結婚を機になりを潜めていた。
だから、俺は俺なりの診断で
『俺は完治したぞ』
と思っていた。
だが、神は俺に対してまだ試練の手を緩めることはしなかったんだ。
永田町の駅から歩いて3分くらいのオフィスビルで出会ったその女性と名刺交換をした。 出会って直ぐの挨拶では病の症状は出なかったんだ。だが、相手の名刺を見て、実に27年ぶりに再発したんだ。
がん細胞と同じだな。じっと俺の心の中でタイミングを計りながら息を殺して潜んでおいて、ここぞと言うときに現れて俺を蝕む。
「ヨシダヒロコと申します。」
その若くてスレンダー女性は名刺を差し出しながら、そう自己紹介した。 スタイルがよく、声が綺麗な女性だ。ただ、残念なことに猛烈な不細工だった。
「偽名みたいやな」
その声が相手に聞こえたどうかは、相手の表情を見れば火を見るよりも明らかだった。なによりも、その後の彼女の言葉で俺は我に帰ったんだ。
「本名ですよ~。ウフフ」
こういうときに俺はどうしたらよいのか?
「あ、いや、冗談ってゆうかその・・失礼しました。」
そう。
正解は素直に謝る。これに限る。
あ~あ、ヤツの病気も治ってなければいいな。
ア~ハズカシカッタ
合掌