なぜ、私は年に1回の健康診断や人間ドッグに行くたびに、こんな目に遭うのだろう。
昨年は、鼻から胃カメラをブチ込まれて死線をさまよったし(626発目 比較と基準と胃カメラの話。参照)、その前の年は、いい年をして、おしっこを漏らしそうになって死線をさまよったし(489発目 涼しい朝に汗をかく話。参照)。そして今年は?
夏休み明けの月曜日、久々の出社にもかかわらず、随分前から予約していた人間ドッグに朝から行くことになっていた。前日は夜の8時までに食事を済ませたあと、何も口にしてはいけないというルールに則ったため、空腹も限界を迎えていた。
昨年や一昨年の事もあるし、心の中で「何事もありませんように」と、ただただ願うばかりだった。
時計の針が9時ちょうどを指したと同時に受付が始まった。私の順番は6番目だった。割と早く順番が廻ってきて、問診、聴力、視力などの身体測定を終え、順調に廻って行っていた。最後の胃の検査は去年の二の舞いはごめんだったからバリウム検査にした。
若い看護師が近づいてきて 「ヤマシタサン、コレで終了です。着替えが終わったらもう一度受け付けに来て下さいね」 と言い放った。
やったぞ!何事もなく終われたぞ!
感動を胸に身支度を済ませ受付へ向かう。受付の女性が
「それでは、これで終了です。お疲れ様でした。結果はご自宅に郵送しますか?」
と尋ねてきた。私は、そうしてくださいと返事をした。
「では、もし早めに伝えなければならないことがあったら、こちらの携帯電話にご連絡差し上げますね。」そう言って彼女は封書を渡してきた。
「これ、この近くで使えるお食事券です。どうぞ。」
そういえば、去年ももらったっけ? 無事に終わったし、食事券はもらえるし、なんだか得した気分だ。
数日後、携帯電話に見知らぬ番号から電話がかかってきた。 出ると、人間ドッグをしてくれたクリニックだった。女性が淡々とした口調でまくしたてた。
「お伝えしたいことがあるのでお越しいただけますか?」
「えーっと、電話じゃダメなんですか?その伝えたいことって。」
「そうですね。より正確にお伝えする必要があるので、お越しいただきたいんですが。本日の夕方はいかがですか?」
「では、16時ごろなら」
私はあまり気が進まなかった。不安になったのだ。もしかして癌?それとももっと重い病気? とにかく一時も早く自分の症状を知りたかった。それも正確に、だ。
電話でも言っていた。「正確に伝えなきゃならない」と。 きっととても大切なことなのだろう。
指定の時間に指定の場所へ訪れた。電話をかけてきたであろう女性が私を一つの個室に案内した。入ると初老の医師が座っていた。おかしな髪型をしている。
「ファシファサシャンですね?」
医師は私に椅子を勧めながら口を開いた。
「え?」
「ファシファサシャンですね?」 医師はもう一度同じことを言った。
だめだ。 「ですね?」しか聞き取れない。医師はテーブルの上に広げた紙を指差している。 医師の指が差しているところを見ると、私の名前が書いてあった。もしかして名前を確認したのか?
「よろしくお願いいたします。ヤマシタです。」 試しにそう言ってみた。医師は満足げにうなづくと、紙を一枚めくった。
「フェセラシシャホヤヤンナ、レシェシェですから、ライショーフです。」
は?何て?
「フェシュフェシハフェイリョーチですね。」
は?何て?
「フイフォウロフューフィファヒョットフィーフですね。
は?何て?
「フォーリョクファ、フィフィ?」
はぁ? 何て?
「フョットフィフフェイ」
医師は立ち上がり奥へ消えていった。私は傍らに立つ女性に小さな声で訴えた。
「あのセンセが言ってる事の9割以上は聞き取れなったんですが。」
「今のところたいしたことは言ってませんから大丈夫です。あとで説明しますね。」
だとしたら、この時間は何なのだ? 茶番に付き合えというのか?
戻ってきた医師は尚も続けた。そして最後にレントゲン写真のようなものを私に見せながらこう言った。
「フォフォ」
ああ、これはあれだな。「ここ」って言ったな。私は医師が指差したところを見た。
「フョーファイフォウファシます。」
モウ!!!何て?何て言ったかち~っとも分からん!!!!!!
で、その個室を出ると先ほどの女性が近づいてきて、私にこう言った。
「検査の結果、胃の出口付近にビランが見られるので、再検査をして下さい。紹介状が出てますので早い段階で受診なさった方がよいと思います。」
「あのセンセ、そう言ってたんですか? あまりの滑舌の悪さで、私は一つも聞き取れなかったんですが。」
彼女を非難してもしょうがないとは思ったがいわずにおれなかった。
「大体、電話では正確に伝える必要があるから来てくれってことでしたよね?いったい、何をどう正確に伝えようとしたんでしょうか?」
彼女はすごく困った顔をして、うつむいた。
「私だって忙しい中、時間を取って来たんですよ。」
彼女はそれでも黙っていた。やがて顔を上げ「お大事に」と言って奥へ引っ込んだ。まるでこの話は終わりだといわんばかりの態度だった。
納得できないことばかりだったが、とにかく私の胃は調子が悪く、もう少し精密な検査が必要だということは分かった。早々に病院にいかなきゃ。
クリニックをでてエレベーターホールに進むと、先ほどの医師が通りかかった。
「オファイフィフィ」
ああ、お大事に、ね。
あんた医者って職業は向いてないと思うよ。
ナレルトワカル
合掌