489発目 涼しい朝に汗をかく話。


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1年に一度の健康診断の日が

やって来た。

 

年齢が40を超えると

通常の健診ではなく

人間ドックになり

より精密に体内の詳細を

調べるようになる。

 

会社としても業務の一環と

捉えているため、検診自体は

平日に行われる。そのため

健診会場へはいつものように

通勤電車で向かうことになる。

 

1ヶ月ほど前に信書で届いた

書類には事前の準備と

心構えが書いている。

 

まずはアンケートに記入する。

 

今現在、通院してますか?

 

いいえ。

 

今現在、薬を服用してますか?

 

いいえ。

 

 

おお、全部 ”いいえ” だ。

 

そして検便の容器がふたつ。

自分が出したとは言え

あそこまでウンコに近づくのは

多少の抵抗はあるが

これも自分の健康状態を

知るための試練と思い

我慢する。

 

これで事前の準備は

ほぼ整った。

 

健診前夜。

 

健康診断の心構えには

こう記されている。

 

『午後9時以降の飲食は

お控えください。』

 

飲食、つまり水も飲んでは

ならないのだ。

当然、酒なんかもってのほかだ。

 

飲食できないのなら、いっそ

寝てしまったほうが楽だと

判断した私は早々に床に就く。

 

途中、夜中に目が覚め

オシッコに行く。

 

2度目に目が覚めたときは

あの心構えを思い出した。

 

『朝一番の小水をカップに

とって検査します。』

 

朝一番の採れたておしっこ!

 

これは我慢しなくては!

 

時計を確認すると5時だった。

 

健診は8時からだから

あと3時間か。

 

我慢しよう。

 

そして私はもうすっかり

目が覚めたにも関わらず

もう一度布団にもぐりこむ。

 

やがて時計の針が7時を差した。

 

今朝は朝食すら摂ってはならない。

 

空腹を我慢しつつ

ワイシャツに手を通す。

少し早いがもう家を出よう。

 

健診会場の最寄駅は私がいつも

乗換えをする駅だ。

だからいつものように地下鉄に

乗り込んだ。

 

円山公園駅を過ぎたあたりで

私の前方に立つ女性が

バッグを左手から右手へ

持ち替えた。

そうすることでバッグの

金具の硬い部分が

私の下腹部に当たりだした。

 

電車の揺れに合わせ

どこんどこん、と下腹部に当たる。

 

あ、あ、あ。

 

そこは、そこに当たると

オシッコが・・・・・・

 

私の我慢も限界に近づいた。

 

目の前に立つ女性に

そっと耳打ちする。

 

『すみません、あなたの

鞄の金具がおなかに当たるので

持ち替えてもらえませんか?』

 

彼女は私を振り返り

いぶかしそうな顔でみつめた。

そして何も言わずに

持ち替えてくれた。

 

怪しいと思ったか?

そうだろうな。

 

こんなに涼しい朝なのに

1人だけビッシリと額に

汗をかいてるからな。

 

やっとの思いで大通り公園駅に

着いた私は改札を抜けると

鞄の中から書類を出して、

もう一度 健診会場を確認する。

 

なんてこった!

 

真逆の改札を出たじゃないか!

 

だめだ、どう考えても

会場までもたない。

 

私はトイレに駆け込んだ。

 

ここでオシッコをすることで

たとえ正確な数値が計測

されなくてもいい。

40半ばにして公衆の往来で

オシッコをしかぶるよりは

よっぽどマシだ!

 

小便器の前で、たまりにたまった

オシッコを放出した時の

私の安堵の顔を出来れば

写真に撮っておきたかった。

 

それくらい安堵していた。

 

と、同時に不安が私を

襲って来た。

 

もしかすると

 

『え?オシッコしてきたんですか?

え~?台無しじゃ~ん。

もう今日はやめやめ!

やってらんないわよ!』

 

って言われるかもしれない!

 

私は正直に我慢できなかった

と謝ろうと決意した。

あの見知らぬ女性の

鞄の金具のせいにしよう、と。

 

健診会場に到着し受付に

書類を出した。

女性の係りの方が慣れた手つきで

封筒から書類を出す。

出しながら私に尋ねてきた。

 

『今朝は朝食は摂りましたか?』

 

まるで、

『当然、食べて来てないよなぁ?

ああん?』

と脅すようだった。

 

いや、実際は優しく言ってくれてる

のだが、もはや私の精神は

崩壊しているのでおかしな

幻影が見えているのだ。

 

『ん?』

 

女性の目がキラリンと光った。

 

何? 何?

もしかしてオシッコしたのが

ばれたの?

 

『え~っと、ヤマシタさん?』

 

『は、はい。』

 

『ご予約の日は明日ですね。』

 

 

涼しい朝に私の額だけが

もう一度汗でいっぱいに

なった。

 

ああ、また明日の朝も

オシッコ我慢電車に

乗らなければならないのか。

 

ケンコウヘノミチノリハ、トオイ

 

合掌

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