666発目 人間は見た目じゃない話。


その気のない相手に対して、たくみな話術で、その気にさせて、こちらの要望を受け入れてもらう。

 

これは、営業の基本中の基本だろう。しかし、これはかなりの経験とスキルが必要となる。手っ取り早いのは、「その気のある相手」を探し出して、たいしたことのない話術でこちらの要望を受け入れてもらう、という方法だ。

 

このやり方は、会社という大きな組織が、それなりにお金をかけて、「その気のある」人達を呼び寄せるというのが一般的だ。ポピュラーな方法の一つとして広告というものがある。

 

雑誌や看板などに電話番号を記載しておき、「その気のある相手」が電話してくるのを待つ。 これを集客という。

 

しかし、組織に属さず、または集客のための予算もない人達はどうしたら良いか? その場合は冒頭に記述したとおり、たくみな話術と熟練の技で、相手に「YES」といわせるしかないだろう。

 

それをせずに、強引に、無理やりこちらの要望を通そうとすると、色々な人達から怒られることになるだろう。例えばそれは、公的な監督官庁だったり、お巡りさんだったり、暴力を生業としている方々だったり。もちろん場合によっては肝心の相手が怒り出し、ご破算になりかねない。

 

 

よく晴れた日だった。街を歩く人々にも、夏を先取りしたようなファッションが目立ってきた。少し歩いただけで汗ばむような陽気で、のどが渇く。次の商談までまだ多少時間的な余裕があった。

私にはたくみな話術もなければ、熟練の技も無いため、客先に入る前にトークをまとめる必要がある。

こうきたら、こう返す。 これを聞かれたらこうごまかす。といった具合だ。

なんとなく選んだカフェはオープンカフェで、私の隣のテーブルに座っている男性は、二人組みだった。

 

近づいてきた店員にアイスコーヒーを注文し、鞄から資料を出そうとしたら、となりの男性が話し始めた。

 

「社長、こないだ言ってた事務ができる人、いましたよ。」

 

「おお、助かるよ。今の担当者が今月いっぱいで辞めちゃうからさ。困ってたんだよ。」

 

「基本的な業務は営業事務で良かったんですよね?」

 

「そうそう。まあ簡単な補助作業だね。で?どんな人?」

 

「前の会社ではずーっと営業補助をやってて、エクセルとかシステムの入力作業が主だったみたいっす。」

 

「へ~。じゃあぴったりじゃん。女性かな?」

 

「いえ、男性なんですよ。」

 

「男性かぁ。」

 

「あちゃあ、だめですか?」

 

「いやさ、だめって訳じゃないけどさ・・」

 

 

出た! その気のない相手だ! さあ、この男性はこの社長にどうプレゼンするんだろう?口八丁手八丁で社長を丸め込むのか?熟練の技を見せてもらおうじゃないか!

 

「社長!実は内勤は男性の方が性格的に向いてるってアメリカの研究機関の結果もあるんですよ。」

 

「本当~?まあ、男性なら結婚して退職とか、出産して退職とかもないか?」

 

「そうですよ!社長。で、私が紹介したい方は既婚者ですしね。」

 

「あ、そうなの?じゃあ、あれかな?長く勤めてもらえるかな?」

 

「そりゃあ、もう。体力が続く限り働きたいって本人もおっしゃってますよ。」

 

「そりゃあ頼もしい。で?いくつなの?その人。」

 

「58歳です。」

 

「だめじゃん!ウチ、60で定年だよ。2年足らずで定年じゃん!」

 

「大丈夫です。社長。58歳ですけど見た目は53歳くらいですから。」

 

私は椅子から転げ落ちそうになった。なんだ?このプレゼンは? 全然熟練の技じゃないやん。 履歴書に何て書くの?

『年齢;見た目53歳』

って書くの?

 

「いや、せっかくだけど、ダメだよ。もっと若い人がいいよ。」

 

「そうですかぁ。じゃあもう一人候補がいますけど。」

 

「何よ~最初からそっちを言ってよ~。」

 

「いやあ、あんまりオススメしないんですよ。」

 

「何で?」

 

「いや、彼、えっと男性ですけどね、年齢は28歳です。」

 

「いいじゃん。ちょうどいいよ。」

 

「でも、内勤の経験はないんですよ。」

 

「それは構わないよ。簡単な作業だし、こっちで色々と教えるからさ。」

 

「ただなぁ。」

 

「何?何か問題のある人なの?」

 

「いや、見た目が50歳くらいなんですよ。」

 

実年齢が28歳で見た目が50歳。

 

会ってみたいわ!

 

ってゆうか、そもそもこの人、見た目で年齢を当てるの下手なんじゃないかな?

 

「君さぁ、オレのこと何歳くらいだと思ってる?」

 

「え~っと、社長は身体鍛えてるからなぁ、意外と若そうに見えて実は40前くらいでしょ?」

 

「全然、違うよ。58歳だよ。君さ、見た目で年齢当てるの下手だね。」

 

「社長が58歳ですか!じゃあ、私が最初に紹介した人はもっと若く見えますよ。46歳くらいです。」

 

「あのね、大事なことを言うよ。」

 

「はい。」

 

「私がしりたいのは見た目年齢じゃなくて実年齢なの。」

 

こうして、短い時間だったが、とても参考になる失敗例を見ることが出来た。最も避けたい「肝心の相手が怒り出す」パターンだ。

 

その後の、私のプレゼンがうまく行ったのは、彼のおかげだろう。反面教師と呼びたいくらいだ。

 

教訓。相手が欲しがってる情報を与えよう。

 

ミタメハカンケイナイ

 

合掌

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