665発目 適当の話。


同年代くらいのオッサンが集まって、なにやらプライベートな話をしだした。あるパーティー会場の丸テーブルの一つだ。 やれ、子供の受験がどうだとか、やれ親の介護がどうだとか、やれ嫁さんにはもう何年も触ってないとか。

 

傍で聞いていた俺は、心の中で唾を吐いた。「けっ、どうでもいいわ!」

 

すると、一人が自慢げにこう語りだした。

 

「いやあ、40を過ぎたくらいから料理にハマりましてね。」

 

休みの日には料理教室に通ってるらしい。

 

「その頃、ちょうど名古屋に単身赴任してましてね、それがきっかけなんですよ。」

 

なるほど。それは理解できる。いい趣味じゃねえか。驚いたことに、その丸テーブルを囲んでいるオッサンのほとんどが口々に、「実は私も」と言い出した。

 

「私はもう料理歴は長いんですよ。両親が共働きでずっと留守がちだったんで小さい頃から包丁を握ってます。」

 

おお!と全員から感嘆の声が上がる。確かにね。確かに料理ができる男はカッコいいよ。女にもてると思うよ。

 

「ヤマシタさんは料理は?」

 

「はい。一切やりません。たまにコーヒーを自分で入れるくらいです。」

 

コーヒーは料理って言わないよ~、と少しウケた。

 

そう。俺は料理を一切しない。

 

若い頃から一貫して、『女にもてる行為』は一通りやってみたけど、料理だけはだめだった。

 

「料理は楽しいですよ。ヤマシタさんもやってみると良いですよ。出来上がった料理を誰かが喜んで食べてる姿って最高ですよ。」

 

ああ。理解できるよ。もちろん。 でもね、俺には無理なんだ、どうしても。

 

 

理由が知りたい?

 

俺が料理をしない、いや出来ない理由を語る前にまず、この話からしなければならない。

 

人の持つ尺度の話だ。

 

あなたにとって「大変」が俺にとって「楽勝」だったり、あなたにとって「寒い」が俺にとっては「そうでもねえ」だったり。

 

例えば、「距離」なんかが良い例だ。

 

「うんそう。武蔵小杉の駅降りて、すぐ近く。うん、歩いてすぐ。」

 

って言われて行ってみると15分以上歩かされる。 遠いやん!って思うが、その人にしてみれば近くなのだろう。俺にとっては「遠い」だ。

 

例えば、「におい」なんかも良い例だ。

 

「やだ、ちょっと何かしら?これ何のにおい?」

 

「うわ!ホントだ!何これ?別府みたい!血の池地獄のにおいやん!」

 

ああ、それは俺の屁のにおいだよ。別府温泉の硫黄のにおいではないからね。全然臭くないよ。だって俺の屁だもん。嗅がされた方にとっては「臭い」が俺にとっては「別に・・」だ。

 

このように人の持つ尺度ってのは個人差があるってことを言いたいんだ。千差万別って言ってもよい。

 

料理を始めようと思い立って、それはもちろん女の子にもてるのが最終目的だから、レシピ本もおしゃれなヤ~ツを選ぶだろ?

 

で、俺が本屋に行って手に取ったのは「男子ごはんの本」だよ。

 

ケンタロウの頃だから随分前になるかな? とにかくこれで女の子にもてる、と思ったよ。

 

で、俺が最初に選んだメニューが「皮から作る簡単餃子」だったんだ。

 

さっそく本の通りに進めたよ。順調に出来ていくんだよ。チャクチャクとさ。皮が出来たら今度は餡を作る。ちょっと高い肉を使ったりしてさ。

 

餡が出来たら、皮でくるむだろ?ほんでフライパンにごま油ひいて、こんがり焼き上げてやったよ。見事だったよ。

 

でもね。食べてみたら、すんげえマズいの。 あれ?何?全ての素材が見事に口の中でバラバラにはじけてる、っつうかこれ、塩の塊か?いいのか?こんなに塩分を摂取して?尿管結石にならねえか?ってくらいマズいの。

 

で、奥さんなんかがもう白い目で俺を見るの。白っつうか、もう白を通り越して無色透明の目だったね。

 

「あんたさ、これ塩をどんくらい入れた?」

 

「え~っと。ちょっと待ってね。」

 

俺は慌ててレシピを見返す。

 

「え~っと、塩は、少々やね。」

 

「少々ってどんくらいか知っとる?」

 

「少々は少々やろうも。こんくらいか?」

 

俺は塩をスプーンですくって見せた。奥さんは顎が外れたのかなってくらい驚いていた。

 

「あんたそれ少々やなくて大さじ1杯やんね!」

 

「少々っちゃ、こんくらいやろうも!」

 

「大体、この餃子さ、味はもちろんダメやけど、何なん?この大きさ?子供の握りこぶしくらいあるやん!大きすぎやろ!レシピには何て書いてあるん?」

 

「え~っと、ああ、食べやすい大きさって書いとる。」

 

「これが?この握りこぶしが食べやすい大きさね?」

 

 

一通り、怒られた。

 

 

書き方が悪いよ。 あんたの「少々」は俺にとっては「無きに等しい」だったし、あんたの「食べやすい大きさ」は俺にとって「子供の握りこぶし」だったんだ。

 

 

せめて、せ・め・て。 「塩を小指の爪の半分くらい」とか「ゴルフボールの大きさ」とか分かりやすく説明してくれんとさ、人はそれぞれ自分の持つ尺度が違うんだからさ。

 

「ああ、あんたさ、これどうやった?この部分」

 

「ん?ニラを適当な大きさに切っての部分?」

 

「そう。そこ。」

 

「ああ、適当に切ったよ。」

 

「そこに書いてる適当って、あんたが思っとる適当とは違うよ多分、いや絶対。」

 

【適当】(てきとう)名詞
①適切で妥当であること
②いい加減であること

 

「あんたの適当は②の方やろ!普通、料理は①の方なんよ!」

 

以上のことにより、俺の尺度だと料理が出来ないことが分かったので、それ以降、厨房に立つことはなくなったとさ。

 

メデタシメデタシ

 

合掌

 

追記;それでも料理したいって言うのならこの本を買っちゃえよ。

 

 

“665発目 適当の話。” への1件の返信

  1. あの会場でネタ見つけていただいたんですね!
    私も「良い加減」のつもりが「いいかげん」になっとると妻に怒られます。

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