子供たちにせがまれて公園を訪れたのは、よく晴れた土曜日の午後だった。
晴れているとはいえ、少し肌寒く、それでも公園を訪れている人は少なくなかった。
空いているベンチをみつけ、腰を下ろし、持ってきた小説を広げた。
隣に座るマスクをした女性が話しかけてきた。
「もしかしていっちゃんのお父さんですか?」
いっちゃんは私の娘だ。
「はい、そうです。」
マスクを外した女性は満面の笑みで、こう続けた。
「ウチの娘がいっちゃんと同じクラスなんです。いつも家に帰ってきては、いっちゃんと遊んだって話してました。」
「そうなんですか。失礼ですがお名前は?」
彼女はゴホゴホと咳をした後、自分の名前を名乗った。
「下の名前はなんておっしゃるんですか?」
「ルルです。」
「へ~、ルルちゃんって言うんですね。どんな字ですか?」
すると、その女性はすごく慌てた様子でこう訂正した。
「あ、すみません。ルルは私の名前です。娘はあやかって言います。」
彼女は自分の下の名前を聞かれたと勘違いしたようだった。
それにしても、と思う。
さすがの私も、娘の幼稚園の友達のお母さんの下の名前を聞くなんてことはしませんよ。
「いやだ、あたし、勘違いしちゃって。ゴホゴホ」
照れくさそうにする彼女の周りだけがボワっと暖かい光に包まれたようだった。
「あ、でもお母さん、ルルって珍しいお名前ですよね?」
「ええ小さいころは恥ずかしかったんですけど、今は割りと気に入ってるんです。ルルってカタカナだから漢字の名前に憧れたんですけどね。」
とても優しそうに微笑む女性だなぁ、と思った。
「ゴホンゴホン」
「風邪ですか?」
「ええ、すみません。」
彼女はそう言ってマスクの位置をずらした。
つらそうに咳をする彼女を見ていて、あることに気付いた。
気付いたことで、ああ、と私はため息にも似た息を吐いた。
奥さん、ルルって名前なのに風邪なのね。
「せき、のど、風邪にルルが効く」
あんた、三共製薬からクレーム来るよ。
オダイジニ
合掌