幽霊だとかお化けだとかに騒いでいる奴らがいる。 UFOや宇宙人がいるのかなぁ? 地球を攻めてきたらぢおうする?どうする? と騒ぐ奴らもいる。 滑稽だな。 私はなんとも思わない。怖くもない。 なにしろ、この自分の目で確かめたものしか信じない性質なのだ。 逆を言うと「目の前で起きていることは信じる」の性質だということだ。
だがそんな私でも目の前に起きていることが現実のものなのに信じられないという事態に直面した。
出勤して仕事の準備を整えると私はトイレに行く。 いわゆるルーティンという奴だ。 ところが前日に食べ過ぎたり飲みすぎたりすると出勤時間まで我慢できずに自宅で済ますこともある。
ルーティンが乱れたからと言って大勢に影響はない。 その程度のルーティンだ。 カッコ良く言っているがしょせん生理現象だということだろう。
前日に家族で焼肉を腹いっぱい食べた。 自宅のリビングで、だ。 和牛を好きなだけ食べた。 ホルモンも好きなだけ食べた。 特に丸腸なんかは口の周りを油でテラテラに光らせるほど食べた。 至福の時だった。
朝、目覚めたのはいつもの時間が来たからではなく、腹の調子がおかしかったからだ。
「早めに会社でするか。」
と簡単に考えていた。 顔を洗い髪型を整えヒゲを剃る。 朝食を食べだしたあたりから異変の予感は確信に変わりつつあった。 とりあえず2階のクロゼットに向かいワイシャツの袖に腕を通す。 スラックスを履き靴下を身に着けると再びリビングに下りて行き子供達に行ってきますのハグをしようとした。
「お父さん、スマホ忘れとうよ。」
おっと、大事な携帯電話を忘れるところだった。 息子よありがとう。 でもな、スマホって略すのは感心しないぞ。 と そのとき、落雷にあったように下腹部に激痛が走った。
いかん!
私はトイレに駆け込む。 急いでベルトを外しスラックスと下着を足首まで下ろした。
間一髪、間に合った。 自宅にいて良かった。
本来なら私は長い時間かけて腹の中のものを全て出そうとする。 (詳しくは16発目 私のトイレが長い理由 を参照のこと。 ただしそんなに詳細ではない。) しかし今日は時間がない。 時計を確認すると、いつもなら既に家を出て駅への道のりを歩いている時間だ。
急いでウォシュレットで汚れた尻を洗い流し、ティッシュで拭く。 そういえば、尻の穴のことを私の地元では何故か 「ごんのす」 って言うなぁ、とぼんやり思いながら立ち上がり下着とスラックスを履こうとした。
ボチャン。
何!
ワイシャツの胸ポケットにあった筈の私の携帯電話が、まだ流してない便器の中へ沈んでいく。
信じられなかった。
この、目の前で起きている現実が信じられなかった。
携帯電話が水にぬれた場合、まずやるべきは電源を落とし、水気を十分にふき取り、しっかりと乾かしましょう。
じゃあ、携帯電話がうんこまみれになった場合はどうするんだ!
誰がこの中に手を突っ込んで拾うのだ!
しかし、私には前述したとおり時間がない。 加えて水にもぬれている私の携帯電話を一刻も早く救い出してあげないと中に保存されているデータが壊れてしまう。
意を決して、とはこういうときに使う言葉だな。
まさに私は意を決して、うんこまみれの便器に手を突っ込んだ。 すぐに携帯電話を手探りで探し出しスイッチをオフにする。
持ち上げた携帯電話は便所の水と私のうんこで、とんでもない姿に変貌していた。
洗面所へ持って行き、捨ててもよさそうなタオルで丁寧に拭いた。 何度か振り回してみる。 すると隙間のどこかから汚れた水滴が垂れてきた。 もう一度タオルで丁寧に拭く。
「信じられん。信じられん。」
知らぬ間に私は声に出してつぶやいていたらしい。 後ろから妻が話しかけてくる。
「なんしようと? くさっ! 何の匂いこれ!」
「いやあ、便所に携帯電話落としたんよ。」
「嘘やろ? 信じられ~ん。」
「そうやろ?俺も信じられんよ。」
「壊れてない?」
私は恐る恐る電源を入れてみた。 一口かじられたりんごが黒く浮かび上がる。
「パッ」
無事だった。
「おお!やった無事やったわ。」
「ちょっと見してん。」
妻に渡そうとした。
「いや、ちょっと待って! くさいよこれ。 スマホの形のうんこやん!」
「違うわ! うんこの匂いのする携帯電話や! スマホっち略すな!」
「いや、どうでもいいけど、今日はこれ持って行かん方がいいよ。 めちゃめちゃクサいよ。」
仕方なく私はその日 携帯電話を持たずに仕事へ向かった。
結果から言うと携帯電話がなくても何にも困らなかった。 持っていないことを忘れそうなくらいだった。
夜、仕事を終え帰宅すると私の携帯電話は便所の床に置かれ、周りを消臭剤でくるまれていた。
その光景を目の当たりにしたにもかかわらず信じられなかった。
そっと拾い上げ匂いをかいでみる。 すっかりうんこの匂いはなくなっていた。 やはり、今朝の出来事は夢だったのだろうと思えた。
リビングに入ると妻が、おかえりといいながら私が持つ携帯電話を指差しながらこう言った。
「そのうんこ、もううんこの匂いせんくなったやろ? 色々試したんよ。感謝してよね。」
「ああ、ありがと。」
私は普段は妻には逆らわないのだが、これだけは我慢できなかった。
「スマートホンをスマホと略すことは俺が我慢すればいいことだからこれ以上は言わんけど、」
そして十分に間を取って懇願した。
「俺の携帯電話をうんこって呼ぶな。」
ブジデヨカッタ
合掌