594発目 いいツッコミをした話。


マイメロ

日曜日を家族でどうすごすか? これは世のお父様、お母様の課題である。 当家もご他聞にもれず、休日の子供たちとの過ごし方に頭を悩ます。

 

水遊びをするのなら着替えが必要だし、電車で移動するなら荷物は少なくて済む所が良いし、食事で待たされるような人混みは子供がグズりだすし・・・

 

悩みは尽かない。 しかし、共通して思うのは 「如何に安全で教育上適切な場所」であるか、じゃなかろうか?

 

ニュースにもなった多摩川の河川敷に集まる「パリピ」とか呼ばれる若者の姿は子供には見せたくないし、かと言ってBBQするのに遠出はしたくないし。

 

あ、それじゃあ、関東に住んでいる今だからこそ気軽に行ける名所に行ってみる? そう提案してきたのは妻のほうだった。

 

私は鎌倉に行きたかった。大仏も見たいし、鶴岡八幡宮で静寂に包まれたいとも思うし。 しかしこの意見はあえなく却下される。 理由は? 「子供が楽しくない」

 

いやいや、あのね。情操教育の観点から言って日本の歴史に触れることのできる場所は小さいころに行っておくべきだよ。と反論するが「ダメなものはダメ」と一蹴される。

 

じゃ、江ノ島は? 来週、地引網を体験しに行くから今日は行かなくて良い。 ああ、そうですか。

 

東京スカイツリーは? お!いいねえ。

 

ようやく許可が出た。 時計を見ると10:30だった。 今から出かけると帰りは夜だね、じゃあ今夜はお外ご飯よ! という妻のセリフに子供たちから歓声が上がる。 東京スカイツリーよりもお外ご飯の方が歓声が大きいってどうゆうことだよ!と腑に落ちないが、私の意見が採用された喜びから、この程度の小さな不満は腹の中に収めておこう。

 

だが、絶対に車で行くのは反対だ。 なぜなら私の車は平成16年式のカーナビゲーションなのだ。 日々、めまぐるしく変化を遂げる都内の道路事情にまるっきりついていけてないのだ。 迷うことは必至だし、地図を見ただけであの首都高速を攻略できるとは思えない。

 

「じゃあ、電車で行く?」

 

「そうだね、その方が安心だし、何より安全だろ?」

 

そう。子供の安全を一番に考えなくてはならないから。

 

準備を整え電車に乗り込む。

 

あざみ野で半蔵門線乗り入れの電車に乗り換える。 二子多摩川の駅に到着した頃には車内はぎゅうぎゅうに混雑し始めていた。 私は娘の手を握り、妻は息子の肩を抱き、無事に目的地への到着を目指す。

 

その男の存在に気がついたのは妻の方が先だった。 その頃には我々の間には数人が入り込んでいて、分断されていた。 「お母さんはどこ?」と尋ねる娘に答えるためキョロキョロと周囲を見回していたときに、ちょうど妻の隣に立つ男に目が留まった。

 

「なんじゃこいつ」

 

率直な感想だった。

 

男はカールおじさんのようなような麦藁帽子をかぶり、皮脂で汚れまくったメガネをかけ、ピンクのマイメロちゃんのTシャツを着ていた。 推定38歳。

 

程なく電車は三軒茶屋駅に滑り込む。 数人が電車降り、私と娘の方にマイメロ親父が近づいてきた。

 

「こっち、来るな!気色悪いのう!」

 

と心の中で叫んだが、その思いは通じなかった。

 

娘が気がついた。 「お父さん、あのおいさんマイメロちゃんやね。」 と私に耳打ちしてくる。

 

「そうよ。あんまり見たらいかんよ。」

 

「なんで?」

 

「アホがうつるかも知れんやろ?」

 

「アホってうつるん?」

 

「うつるよ。薬でも治らんけんね。うつらんようにせんとね。」

 

それでも娘の興味を惹くには十分なルックスだったのだろう。娘はしきりにマイメロ親父の方を凝視している。

 

私の勘が警鐘を鳴らしている。「このままだと娘が余計なことを口走ってしまう!」 私は娘を抱きこみ、その男から遠い方へ移動させた。

 

電車が渋谷に到着した。「降りてくれ!」 私の願いが通じたのか男の姿が見えなくなっていた。 席も空き、私は妻と息子を呼び寄せ4人で椅子に座る。 隣に座った妻が私に耳打ちする。

 

「変な男がおったやろ?気がついた?」

 

「おお。マイメロ親父やろ?」

 

「シッ!声が大きい!」

 

妻が私のセリフをさえぎりアゴで斜め正面を指した。 見るとマイメロ親父がシレっと座っていた。 降りてなかったのか。

 

手にはクレヨンしんちゃんの手帳を持っており、手帳には何か雑誌の切抜きのような紙片が挟んである。 薄汚れたチノパンはチャックが完全に壊れており、ポッコリと股間に穴が開いたようになっていた。

 

「あの手に持っとる紙切れがあるやろ? あれさ3歳くらいの女の子の切り抜きなんよ。気色悪い。 あいつ本物のアレやね。」

 

妻が言いたいことは大体理解できた。 そうだ。その通りだ。 本物のアレだ。

 

「どしたん?どしたん? 二人で何をしゃべりよるん?」

 

娘が大きな声で聞いてくる。

 

「何でもないよ。さ、あっち向いとこうね。」

 

妻は露骨に娘をマイメロ親父から遠ざけようとしている。

 

「お母さん、さっきさマイメロちゃんのTシャツ着たおいさんがおったんよ。おいさんが女の子の着る服着てもいいと?」

 

娘は悪意の無い、いやもしかしたら悪意はあったかもしれないが、大きな声で話し出した。 妻はあわてて娘の口を押さえるが時既に遅し。

 

自分の事を言われてると気がついたマイメロ親父はこちらをじっと見出した。

 

仕方ない。ここは父親として娘の安全を確保すべきだ。 少々、非常識なやり方になるだろうが、あいつを遠ざけよう。

 

私はじっとマイメロ親父を睨み付けた。 無言で「俺の娘を見るな。」という念を送る。 マイメロ親父は私の視線に少々おびえた態度を取り出した。

 

そこからの数十分はまさに戦いだった。 マイメロ親父が電車を降りるまで私は睨み続けた。 だが、ヤツは降りない。 なんとかして降ろしたい。 私の願いもむなしく電車は錦糸町に着いた。

 

「あと、一駅よ!」と息子が叫ぶ。 マイメロ親父が反応した。 いかん! こいつ付いてくる気やん!

 

電車が押上駅に到着しドアが開く。我々に付いてくるようにマイメロ親父も電車を降りた。

 

仕方ない。 一言ガツンと言っておこう。私は男に近づいてこう言った。

 

「何か用か?」

 

妻が後ろから「ちょっとやめときって。」と言うが私はお構いなしだ。

 

「いえ、別に。怪しい者じゃありませんから。」

 

「怪しい者やろが!普通のヤツはそんなTシャツ着たりせんし、大体お前チャック壊れとるやんか!」

 

「え!」

 

男はチャックには気がついてなかったのか、股間を見下ろすと恥ずかしそうに両手で隠しそそくさと去っていった。

 

どしたどした?と子供たちが知りたがる。 妻が説明する。

 

「あのおじちゃんのチャックが壊れとるのをお父さんが教えてやったら恥ずかしかったみたい。」

 

すると息子が一言。

 

「その前にTシャツを恥ずかしがれっちゅうねん。」

 

おお。息子よ。 いい突っ込みじゃないか。

 

お昼ごはんは息子のリクエストに応えよう。

 

モンジャヤキ

 

合掌

 

 

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