パントマイムとは元々、言葉の通じない外国人相手に身振り手振りで何とか伝えようとしたことが始まりらしい。
例えば身近なものでも 「静かにして」という時にどうする? 人差し指を立てて口のところに持っていくでしょ? そうすれば言葉の通じない相手にも意思は通じる。 パントマイムとはとても便利なものだ。
一方、ジェスチャーとは「身振り、手まね」という意味ももちろんあるのだが、「本気でそうするつもりがない、見せかけだけの行動」という意味もある。
言葉を発しなくても意思の疎通が出来るツールであるが、言葉に身振り手振りを加えることで、更にその詳細の意味まで伝えることが出来る。
会話をしているときにやたらと身振り手振りの多い人を見かけることがある。
ああ、この人は必死で何かを伝えたがってるなぁ、と思う。
年季の入った居酒屋の座敷で会社の同僚と食事をしていた。 Aさんは会話中の身振り手振りがやたらと多い人だった。 その日のAさんも絶好調で、狭いお座敷でAさんの隣に座った人は、その手振りの動作中に何度もAさんの手が体に当たり、そのたびに座布団ごと右にずれ、最後は上がり框のところまで移動していた。
Aさんはそんなことお構いなしで、おしゃべりは続く。 ひょっとしたらこのまま永遠に話し続けるのではないだろうか?と心配になるほどだ。
調子よくペラペラと話していたAさんの声が、止まった。 どうしたのかと顔を覗き込む。 Aさんは腕を組んで下を向き、う~ん、と唸っている。
「どうしました?」
さほど興味は無かったが、聞くのが礼儀だろうと思い私は尋ねてみた。
「いや、あの時のさ、あの人、名前なんだっけ?」
「え?どの時ですか?」
「いやあ、あの時ヤマちゃんおったっけなぁ?ほら、途中から雨が降ってさ。」
「途中って何の途中ですか?」
「あの、ほら・・え~っと」
Aさんは右手の人差し指をピンと立て天井を指した。左手はこめかみを掴んでいる。
「あの、東区の方で地鎮祭やってさ、バサ~って雨が振り出して。」
なるほど、人差し指を上に向けることで彼は「雨」を表現しているのか。
「香椎の地鎮祭ですか?」
「そうそう!そのときさ、向こうの建設会社の専務だっけな?常務だかが来とったよね?」
Aさんは腕を丸め体の横に持って行き、太った人の体型を表現した。
太ってると言うことは常務の方かなぁ?とも思ったが、私の記憶ではその地鎮祭に来ていたのは建設会社の社長だった。
「あの時は専務も常務もいらしてませんでしたよ。」
「あらあ、そしたら違う時やったかいな?地鎮祭やなかったかいな?」
「Aさんとご一緒したときに雨が降ったというと、先々月のゴルフの時も雨が降りましたよね?」
「そうだ!ゴルフだ!」
Aさんは手のひらを広げ私の方に突き出した。 何だ? これは何のジェスチャーだ? 「5」か?もしかして「ゴルフ」の「ゴ」を「5」で表現したのか?
「その時の誰を思い出したいんですか?」
「あの時さ、え~っとほら、ダメだ。全然思い出せんくなっとる。」
Aさんは右手で膝を叩いてる。 思い出せないという意味のジェスチャーなのか?
「ここまで出てるんだけどなぁ!」
そう言って、Aさんは右手でおなかの辺りを叩いた。
全然やん! 普通はその時は「もう少しで出てくる」って意味で、のどを叩くやろ?おなかまで来てるんやったら、まだまだやん!
結局、この人はずっと少しずれたジェスチャーをしていた。
そして思い出せないまま夜が更けた。
翌朝、Aさんは私の席に近づいてきてこう言った。
「結局さ、何を思い出したいのかさえ、思い出せんやったわ。あっはっは。」
Aさんはそう言って右手のひらをヒラヒラと振った。
サヨウナラという意味か?
意味の無いジェスチャーはやめたほうが良い。
タメニナルダロ?
合掌