583発目 もう若くない話。


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背が高く痩身で二枚目、性格も良く、近づくと良い匂いがする。立ち居振る舞いに隙が無く、女性のエスコートにも嫌味がない。少し低いトーンの声で、ボキャブラリーに溢れた愛の言葉をつぶやく。スポーツ万能で現在も週に2日はジムに通い体を鍛えており、年末には都市マラソンにもエントリーするほど。

 

そんな大人の男を目指していた。 だが、現実はどうだ? 「背が高い」のみしかクリア出来てない。 性格は意地悪だし、鼻をツンとつんざく臭いがする。 ダラダラとしたしぐさで女性に対し横柄な態度だし、チャラチャラしたダミ声で軽薄な言葉を吐く。 運動不足に加え、不摂生な生活による怠惰な体つきは、もはや走ることさえ困難で、信号が点滅していても次の青信号までじっと待つ。

 

それでも、なにくそ!と抗っている。 オレはまだまだ若いんだ! と 時間の流れに抵抗している。

 

半月くらい前から耳鳴りがする。 職場が変わったことでストレスが溜まってるのかな?と心配になり、休日でもやっている耳鼻科に行ってみた。

 

若い女性の医師だった。 丸い椅子に座らされ問診を受けた。

 

「はい、ヤマシタサトルさん。45歳、と。」

 

医師はカルテに書き込まれている情報を確認しながら時折こちらをチラリと見る。

 

「あら、45歳の割りに若く見えるわね」

 

と言ってくれることを期待している自分が恥ずかしい。 もちろん、医師はそんなことは言わずに淡々と業務を進めていく。 ハイ、横向いて、あ~んして、等だ。

 

「え~っと、いつから耳鳴りがしますか?」

 

「気がついたら、してました。」

 

「ふ~ん。で、聞こえにくいと?どちらが?」

 

「どちらかと言われれば左ですかね?」

 

何やら考え込む医師の横顔が妙にセクシーだった。

 

「じゃ、こちらへ。」

 

電話ボックスのような物に閉じ込められた。ヘッドホンをするようにとの指示が飛ぶ。 ピ~っという音が聞こえたらボタンを押す、あれだ。 ところが絶え間なく鳴り響く耳鳴りのせいで、ピ~どころか耳鳴りと心臓の音しか聞こえないじゃないか!

 

「はい、じゃあ先ほどの椅子におかけください。」

 

医師はしばらく考えて、口を開いた。 私はもしや何かしら重い病気に罹っているのではないかと心配した。

 

「華麗なナンチョーです。」

 

なんと! そんな病気があるのか? 華麗な~って響きがいいな。 ほらね?オレだってまだまだ捨てたモンじゃないよ! まだまだ若いんだぞ!

 

「聞こえましたか? 加齢による難聴ですね。」

 

「へ?」

 

「難聴です。」

 

「いえ、その前。」

 

「前? ああ、加齢による、です。」

 

「カレーライスの食べすぎですか?」

 

「いいえ、年齢を重ねたことによるものです。突発性の難聴の可能性もあります。聞こえにくいのは耳鳴りのせいではなく、鼓膜が、つまりその、機能的に衰えていると言いますか、加齢ですね、耳鳴りの原因は様々な要因があって、これという解決方法はありません。」

 

「ああ、もう耳鳴りはどうでもいいです。カレイってあれですか?ムニエルとかフライにしても美味しいですよね?」

 

「ヤマシタさん、面白いですね。」

 

医師はニコリともせずそう言った。 もうそれ以上ジョークを言うなら出入り禁止にするぞ、という意思が現れていた。 医師の意思だ。

 

私はお金を払い病院を出た。 病院を出たところで右側からやってきた自転車にぶつかりそうになった。 乗っていた若いお兄ちゃんが 「気をつけろオッサン!」 と私を罵った。

 

「オッサン・・・・。加齢・・・・・。」

 

うわぁ!

 

良く分からないが、それまで張り詰めていた何かがプチンと切れた気がした。耳鳴りは鳴り止まない。

 

出来れば、努力せずに

ワカガエリタイ

 

合掌

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