570発目 小さな親孝行の話。


ライナーノーツ

小さいころ、指の先の爪と皮膚の境目あたりの皮がむけると、ヒリヒリと痛むので母親に言って絆創膏を貼ってもらっていた。そのたびに母親は 「親不孝な子供は逆剥けになる」 と迷信めいたことを私に言っていた。

 

大人になってもそのことが頭から離れず、子供たちの爪を切ってやるたびに逆剥けが無いか確認している。「この子達は親孝行かな?それとも親不孝かな?」と。

 

小さいころから体が固かったので足の指まで届かず、やはり足の爪を母親に切ってもらっていた。そのたびに母親は「足の親指より人差し指が長い子は親不孝になる」と真実とも愚痴ともつかぬことを言っては私を困らせた。

 

私の息子も私に似て体が固く、足の指の爪は私が切ってやる。幸い、彼の足の人差し指は親指より短い。ああ、きっと彼は親孝行息子なんだろうなと、安堵する。

 

足の人差し指?

 

いやいやいや。

 

誰かを指差すときに使うから人差し指だろ? 足で誰かを指差すことなんかあるか? では、足の人差し指は何と呼べばいい?

 

私は母親に電話してみる。

 

「母ちゃん、昔さ、足の人差し指が親指より長いと親不孝っち言いよったやん?」

 

「はあ? 何ち言いよんね、あんたは。 足で人を指差したりしたらいかんよ。あれはねえ、足の場合は人差し指っち言わんのよ!」

 

「いいや、確かに母ちゃんは人差し指っち言いよった。」

 

「言うわけなかろうがね。」

 

「ほんなら、あの指は何ち言うとね?」

 

「あれはね・・・」

 

たっぷりと間を空けて母がつぶやいた。

 

「お母さん指っち言うんやろがね」

 

「ほんなら逆剥けが出来たら親不孝っち言うのは?」

 

「そもそもあんたは、それがなくても親孝行なんかしてくれりゃあせんがね。」

 

「ほんならあれは何やったんね。俺は大人になった今もあれを信じとるんよ。」

 

「私も忘れとるようなことをあんたは覚えとるんね?」

 

「そうよ。ずっと忘れられんわ。」

 

「それ以外は?」

 

「・・・いや、それ以外はあんまり・・・」

 

「ほらみてみい。やっぱりあんたは親不孝もんちゃ。あ、そうや・・」

 

「なんね?」

 

「1個、いいこと教えちゃる。」

 

「なんね?」

 

「親に孫の顔を2年以上見せに来んやったら、親不孝になる。」

 

「それはいいことじゃなくて、俺のことやろうも。」

 

「そうよ、だけん、あんたは親不孝もんよ。」

 

「分かった、ほんなら今年の夏は帰るわ。」

 

「ちゃんと爪切って帰って来いよ。」

 

「どこの爪よ!」

 

「足の人差し指たい!」

 

 

「お母さん指やろが!」

 

「爪をきれいにしとったら親孝行になれる。」

 

電話を切ったあと、手と足を見たら爪が伸びていた。母は何でもお見通しなんだな。

 

ふと見ると、昔は親指よりお母さん指のほうが長かった足の指が、逆転してお母さん指のほうが短くなっていた。

 

これで私も

 

オヤコウコウ

 

合掌

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