554発目 神々しい話。


ライナーノーツ

 

最近よく耳にする言葉の中で、私が最も気に入らないのが「神対応」と言われるヤツだ。な~にが神対応だ!元々、企業に寄せられるクレームの対応において、驚き感心するほどの対応に対して用いられる表現らしいのだが、そんなに簡単に神という言葉を使ってしまうと、逆に神の価値が下がるのじゃないかと、危惧してしまう。

 

かつて、スポーツ記者にアンケートを取ったところ9割くらいの記者が「神対応と言えば松井秀喜」と答えたそうだ。 数ある神対応のエピソードの中で最も多かった意見がこれだった。

 

「ある記者会見で真面目な質問ばかりが飛び交い、会場内は厳粛なムードになっていた。会見を終えた松井秀喜選手は、立ち上がり礼をして周囲を見渡し、おもむろに放屁し暗いムードの会場を爆笑の渦に変えた」

 

おいおい。

放屁?爆笑? それだけで神か? いくら日本は「八百万の神々」と言われるくらい神様がたくさんいる国だからと言って、これくらいのことでイチイチ神様呼ばわりしてたら、それこそ普通の人間よりも神様の方が多くなるぞ。

 

え~。それでは安倍総理大臣。

 

はい、わたくしの現内閣でのテーマはこちらです。

「1億総神様」

日本国民の全員が神様になれる、そんな社会を目指します。

 

って言ってるみたいなモンだぞ。軽々しく「神」を使うな!

 

他にもある。

女優がレシートの裏にサインしてくれた、とか。お笑い芸人が一緒に写真を撮ってくれた、とか。おおよそ神とは言いがたい行為までも神様呼ばわりされている。

 

つまりあれか。神って呼びたくなるほど一般的な対応ができない人が増えたってことか?

 

そういえば、先日こんなことがあった。

 

トイレが詰まったとマンションの入居者から電話があった。事務所にいた女性社員が電話を受けたところ、入居者はカンカンになっており「使えないじゃないの!どうしてくれるのよ!今すぐ来なさいよ!」とまくしたて、こちらが何も言い返さないうちにガチャンと電話を切ったらしい。

 

すぐに私にその女性社員から電話があり、私はそのマンションを訪ねた。ドアを開けると眉間にこれでもかってくらい皺を刻んだ若い女性が出てきた。片手に赤ん坊を抱いている。「トイレが使えないじゃない!早くしてよ!」と言われた。

 

明らかに私より年下の女性にこんな言葉遣いをされたら、いくら温和な私でも平常心でいられない。が、ぐっとこらえて謝罪の言葉を吐く。よく考えたらトイレのつまりは私のせいでもないから謝る必要もないのだろうが、ぐっとこらえる。

 

さっきからぐっとこらえてばかりだな。

 

トイレに行き蓋を開けてみる。もう並々に注いだ焼酎のように、ふっと息をかけるとこぼれてしまいそうな位置まで水位が来ていた。私は持参したバケツにそっと水を移し脇によけた。水位が5センチほど下がったところで、今度は名前の分からない道具を取り出した。名前が分からない道具とはゴムでできたドンブリみたいなのが柄の先についていてトイレつまりの時にスッポンってやるあれだ。

 

私は勢いを付けてスッポンとやった。ゴボゴボという音とともに水が流れ出した。名前の分からない道具が吸いだしたのは、赤ん坊のおもちゃだった。

 

「あ~!これ!ないないと思ってたの!」

 

女性は悪びれる風でも、照れるでもなくそう言った。 私は黙ってバケツの水をもう一度トイレに流し女性に向き直った。

 

「これで大丈夫ですよ。」

 

そう言って玄関へ向かった。靴を履き、もう一度女性に向き直り「また何かあったらお電話ください。」と付け加え辞去しようとした。

 

「あ、ちょっとまってください。」

 

奥へ引っ込む女性を私は玄関の三和土で立ったまま待つ。ほどなく戻ってきた女性が缶コーヒーを持ってきた。

 

「ご迷惑おかけしました。これどうぞ。」

 

私は黙って受け取り、しばし缶コーヒーをみつめた。

 

ありがとうございます。そう言ってようやく女性宅を辞去した。

 

車に戻った私は江國香織の小説を思い出した。小説の中で主人公の母親のセリフでこんなのがある。

 

「私は缶コーヒーは絶対飲まないことにしている。殺人的な量の砂糖が入ってるから。」

 

あの小説のタイトルは確か・・・・・・

 

 

は!

 

神様のボートだ!

 

世の中は神様であふれている。

 

ホトケサマ

 

合掌

 

 

 

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