555発目 起こしたくなる話。


book5

 

横に座る男子中学生が私の右肩にもたれかかってきた。私の地元の方言だと「なんかかる」と言う。顔を見るとまだあどけなさが残るニキビ面で大きく口を開けて居眠りしている。 連日の部活の疲れか?それとも夜遅くまで試験勉強をしたのかい?

 

取引先との雑談が思ったより長引き、新橋駅から東海道線に乗り込んだときは既に午後5時を少し過ぎたところだった。

 

こんな時間に電車に乗ってるということは部活じゃないな、と見当をつけてみる。 ガクンと電車が揺れたことで彼は目を覚まし、少年は姿勢を正した。 ふと見ると制服の胸には「3-B」というバッジがついている。 ほほう、受験生か?

 

日本の将来を背負って立つ若者のために私なんかの右肩でよければ、どうぞお眠りなさい、と言いたくなった。岩崎ひろみのマドンナたちのララバイが頭の中で流れ出す。正直に言うと若い女性のOLの方が良かったのだが・・

 

電車のアナウンスが品川に到着することを告げるころには、少年は再度、私の肩に「なんかかって」いた。

いいよ、いいよ。 私は寛大な気持ちで彼の側頭部を受け入れる。

 

そういえば、受験のときに最初に覚えた英単語は「accept」だったな。確か意味は、そう「受け入れる」だ。

 

彼の膝に置かれた問題集が開いたままだった。何の気なしに覗いてみるとそれは社会の問題集だった。

 

「日本の4大工業地帯は、京浜、中京、阪神、ともうひとつは?」

 

その下の空欄に少年が書いたと思しき解答があった。

 

『北丸州』

 

おい!

 

起きろ起きろ!!!

 

間違いじゃねえか!

 

私は彼の頭をグイっと押しやり、彼の解答の部分を指差して、こう告げた。

 

「丸じゃない、九。」

 

彼は恥ずかしそうに顔を赤らめ、鞄から消しゴムを取り出した。そしてすぐにその解答を消し、書き直した。 と思ったら、ページをバサバサとめくり、もう一箇所も書き直している。さらにページをめくり最終的には6箇所の「丸」を「九」に書き直していた。

 

たまたま間違ったんじゃなくて本気で「北丸州」だと思ってたんだな。

 

でも、丸じゃないぞ、

 

バツダゾ

 

合掌

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