540発目 受験に失敗した話。


大学受験

 1990年1月。元号が昭和から平成に変わって1年が経過した。1年間の浪人生活の集大成を発揮すべくヤマシタは大阪に来ていた。 心斎橋駅のほど近くにあるビジネスホテルにチェックインした後、初めての大阪を少し歩いてみることにした。

 

ホテルを出て南にワンブロック歩いたところで国道308号線、通称 長堀通に出た。右に行けば御堂筋との道路標識も出ている。さすがのヤマシタも御堂筋は聞いたことがあった。だがヤマシタは御堂筋には向かわず、そのまま長堀通りを横切ると南下した。

 

ヤマシタの明日の試験は社会と英語だった。社会は選択科目で、彼は地理を選択していた。なぜならヤマシタは地図を覚えるのが得意だったからだ。ホテルを出る前にチラリと見ただけの地図がヤマシタの記憶には残っていた。

 

「グリコはこの先のはずだ。」

 

そのヤマシタの記憶は正しかった。屋根付きアーケードの商店街を10分ほど歩くと目的の戎橋に出た。橋の向こう、ヤマシタの右前方にはテレビで何度も観たグリコの看板があった。前から大阪に行ったら必ず見たいと思っていた場所だった。ようやく念願のグリコを見てもヤマシタは何の感動も覚えなかった。だが、少しだけ明日の地理の試験に対して自信が湧いた。イケルぞ、と。

 

橋の向こうから観光客と思しき外国人が3人、近寄ってきた。流暢な日本語で話しかけながらヤマシタの肩を抱いた。

 

「スミマセン、クシカツヲタベタイノデスガ、ヨイオミセヲシリマセンカ?」

 

丁度良かったとヤマシタは思った。そろそろ晩御飯の時間だ。1人で食べるのは寂しすぎる。それに、明日の英語の試験対策にもなるではないか。ヤマシタは外国人3人を連れて串カツ屋に向かった。近所の商店で串カツのお店を紹介してもらい、4人で向かった。

 

店内はさほど込み合ってはいなかった。テーブルの上には”二度づけ禁止”と書いている。私は外国人にルールを説明する。3人ともうなづいた。メニューを見せ、説明を加え、4人分の注文を済ませたヤマシタは早速、3人に話しかけた。

 

「どこから来たの?え~っと、Where did you come from?」

 

「私達は日本に留学してます。まだ来日して5ヶ月です。3人ともアメリカから来ました。」

 

「へ~、その割りに日本語、上手ね。」

 

「ありがとうございます。私はヘンリーと言います。よろしく。こっちの二人はケニーとロジャーです。」

 

おお!ケニーロジャースやん!ルシールとか分かるかな?

 

 

「ははは、ホントですね。二人合わせてケニーロジャースだ。ケニーロジャースはアメリカの国民的歌手です。よくご存知ですね。」

 

「アメリカンミュージックは好きなんだ。俺はヤマシタ。よろしく」

 

「ヤマシタさんは大阪の方ですか?」

 

「ノー。俺は大学受験のために福岡から大阪へ来たんだ。」

 

「大学受験?」

 

「エギザミネーションだよ。明日は英語のテストがあるんだ。福岡からのヴィジターだよ。」

 

ヤマシタはそう言って手元の紙に「Visiter」と書いた。するとヘンリーが

 

「ああ、スペルが違いますよ。ヴィジターはこうです。」

 

「visitor」 と書いた紙を見つめた。あれ? 動詞を名詞にするときはerをつけるって習ったんだけどな。

 

「この単語は”OR”なんですよ。そうですね、例えば有名なターミネーター、あれも・・」

 

そう言ってヘンリーは私が書いた横にこう書いた。「Terminator」

 

「へえ。どうやって見分けるの?」

 

「ラテン語の関係ですが、アメリカ人でもよく間違いますから、暗記するしかないでしょうね。」

 

それから、英語の薀蓄などを教えてもらいながら結局23時過ぎまで4人は一緒に過ごした。

 

ホテルに戻ったヤマシタは持参した英語辞書を開いた。確かにvisitにはORが付く、と記載されている。とりあえず明日の試験でvisitは気をつけよう。ヤマシタはスケジュール帳を取り出し明日の試験会場を確認した。そして慣れないお酒を飲んだためそのまま眠りに就いた。

 

目が覚めたとき、自分が寝ている場所が自宅じゃないことと頭痛がすることに気がついたヤマシタはしばらくベッドの上でボ~っとしていた。サイドテーブルに置いているデジタル時計に目をやると午前5時を表示していた。もう少し寝よう、と痛む頭をもみながらもう一度布団をかぶった。

 

そして、次に目が覚めたとき、デジタル時計は午後3時だった。

 

ヤマシタは状況が飲み込めない。一体、何が起こったのか?なぜ、午前5時だった時計が午後3時を表示してるのか?

 

二度寝した!!!!

 

はっきりとそう自覚したが、時既に遅しだった。ヤマシタは枕もとのメモ帳を引き寄せ、こう書いた。

 

「Neednator」ニードネーター。

 

ソンナタンゴハナイ

 

合掌

 

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