539発目 裏の話。


ライナーノーツ

 とあるアパートの駐車場に立って、そのアパートの屋上を見上げていた。 と、言うのも入居者から連絡が入り「屋上の雪が今にも落ちそうだからなんとかしてくれ!」と言われたからだ。 もちろん、そういう事態にも気持ちよく対応するのが我が社のモットーだ。早速、私は現地へ車を走らせ、そして駐車場から屋上を見上げている次第だ。

 

札幌では雪庇という。「せっぴ」と読む。 文字通り、雪が庇のように建物から張り出した状態のことだ。 これが出来る主な原因は、北風だ。 だから雪庇は南側か東側にしかできない。 私が見上げている部分も南側だ。 そして南側には駐車場がある。 あの雪がドサリと落ちてきたら車は当然、つぶれるだろうし、万が一、そこに人がいたら良くて大怪我、悪ければ死に至らしめる危険なものだ。 正義感と仕事の責任感から私は、あの雪庇を落としてやろうと試みた。

 

まずは最上階に上がり、屋上へと通じるマンホールを開ける。 はしごをよじ登って、よいしょと屋上へ上がって驚いた。屋上には私の膝上くらいまで積雪していた。とてもじゃないが、建物の端までいけそうにない。 よしんば行けたとしても、ツルンと滑って一巻の終わりだろう。

 

そして、大事なことを思い出した。 私は「高所恐怖症」だった。 物心がついてから、3階より高いところに住んだことがない。

 

一度だけ、建築の完了検査で23階建てマンションの屋上に上がったことがあるが、少しだけオシッコをちびっていた。

 

正義感と責任感をかなぐり捨て、私は地上に戻った。 そしてもう一度、屋上を見上げた。

 

「どうしようもないな。」

 

私がつぶやいたとき、隣の敷地から声がかかった。

 

「オレのことか?」

 

その声に驚き、(いや、そもそもそこに人がいたことすら気がつかなかったので、飛び上がったくらいだ。) 私は言い訳がましく返答した。

 

「いえ、あなたの事ではなくて、あの雪庇のことです。」

 

「なんだよ、あれくらい楽勝だよ。オレに任せるかい?1万円でやったげるよ。どれ、スコップを貸してみな。」

 

男性は柵を乗り越えてコチラの敷地に入ってこようとした。 この人は一体、どこから現れたのだろう?もしかして雪の妖精かな? よく見ると寝巻き姿で足には包帯を巻いている。 隣の敷地に立つ建物を見上げた。 どうやら病院のようだ。 すると、この人は入院患者か?

 

「あ、いや、結構です。 足を怪我してるじゃ無いですか。お大事になさってください。」

 

「いや、けどよ、退屈なんだよ。何かやらせろよ、俺にも!」

 

男性は口を尖らせて苦情をぶつけてきた。 ああ、やっかいなのに絡まれたぞ。

 

「あっはっは。」

 

突然、男性が笑い出した。

 

「男に向かってやらせろよ!は、無えわな?ごめんよ、おじさん、ホントに退屈してんだよ。」

 

「いや、本当に危ないですから。それに1万円なんて払えません。」

 

「何だよ、じゃ、しょうがねえな。」

 

「あの、ところでおじさんは?」

 

「ああ、オレか?オレはここに入院してんだ。」

 

そう言って男性は親指で彼の後ろに立つ建物を指した。怪我ですよね?と私は彼の足を指差した。

 

「おお、すが漏りを修理しててさ。」

 

「すが漏りって何ですか?」

 

「あれだよ、屋根の継ぎ目が凍っちゃってよ、そんで2階はあったけえだろ?そのあったけえ空気で隙間の氷が解けて室内に水漏れすんだよ。それの修理だよ。なんだい、あんちゃん、北海道の人間じゃねえのか?」

 

「ええ、まだ来て2年なんです。」

 

「覚えとけよ~、すが漏りはやっかいだぞ~。そんでよ、屋根に上がってるときに足すべらしちゃってよ、そのまま下にズドンだよ。 そしたら、ポキンだって。折れちまいやがんの。」

 

「じゃ、なおさら屋上になんか上がらせられないじゃないですか!病室に戻って安静にしてなきゃ!」

 

「いいんだよ。実はよ、ここだけの話だけど、オレはよ、もう1ヶ月ここに入院してんのさ。保険金がたんまり入ってくるからよ。ホントはくっついてんだよ。でもよ、折れてるフリをしてるだけなのさ。」

 

「レントゲン撮ったらすぐにばれますよ。」

 

「大丈夫だよ!ここのよ、これ、あんだろ?」

 

そう言って男性は建物の裏手のぽっかり空いたスペースを指差した。

 

「なんですか?」

 

「ここのよ、この喫煙スペースをオレが仕切ってんだよ。医者に頼まれてよ。 誰かが見張ってねえとよ、あちこちに吸殻を捨てる奴がいんだよ。最近の病院はどこでも敷地内禁煙だろ?受動喫煙がどうとかっつって。でもよ、ここだけはコッソリ吸える様にオレが管理してんのさ。 患者はみんなここのことをウラって呼んでるんだぜ」

 

そうこうしていると、数人が裏口から出てきて煙草を吸いだした。全員、一様にパジャマを着ている。どこからどうみても入院患者だ。

 

「すると、あれですねウラの管理人ですね。」

 

「はっはっは、そうだな。管理人って札でも首から下げとくか!じゃあな、あんちゃん、邪魔したな。」

 

男性は仲間が来たからか、喫煙スペースに戻って行った。 彼の後姿の首のところに白い札がついているのに気がついた。

 

パジャマが裏返しじゃねえか!

 

まさしくウラの管理人だ。

 

ムダナ20プンダッタ

 

合掌

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