535発目 チューニングの話。


ライナーノーツ

 楽器を演奏するときに最初にやるべきことは何か分かるかい? そう。 チューニングだね。例えばギターなら太い弦から順番にミラレソシミと音を合わせるんだ。これのどこか1本でも音が狂っていたら和音は成立しない。

 

若い頃にやっていていまだにあの興奮が忘れらずに、ロックバンドに加入した。 私のパートはピアノだ。30年のブランクがあるが、3年前からコツコツと練習を重ね、ようやくバンドとしての演奏に加担できるレベルにまでなった。気がする。

 

ドラムのリズムに合わせ、ベースが支えるコード進行にギターとの伴奏がボーカルをひき立たせる。最も注意しなければならないのはチューニングもリズムも狂ってはいけない、ということだ。

 

何がどういけないんだ?と思うか? どこかで音やリズムが狂ってると聞いてる方が疲れるんだよ。

 

例えるなら、こんな時。

 

「わたし~、男性の褒め方が上手いって、よく言われるんです。」

 

だったら見せてもらおうじゃないか。君のそのテクニックを。

そう言って、私は一人の男を指名した。外見は、ぱっとせず、集団の中で目立とうともせず、つまり地味な存在な彼を、彼女がどうやって褒めるのだろう。

 

「えっと~、ん~っと~。斉藤さんのいいところですか?」

 

彼女は頬に手をあてて考え出した。

 

「あっ!今日着てたコートのボタン、超かわいくないっすか?」

 

「いや、それ全然、彼のこと褒めてないよ。せめてコートを褒めろよ。ボタンって、ピンポイント過ぎるやろ?」

 

「あ、でもボタンがカエルだったんですよ~。あれ?もしかしてヤマシタさんってカエル苦手なんですか?」

 

「いや、カエルが苦手とか、そうゆうことじゃ・・・・」

 

「確かにカエルってヌメヌメしてて気色悪いですもんね。あ、でもウチのお母さんって平気なんですよ。」

 

「お母さん? いや、そうじゃなくってさ、褒め方が・・・・」

 

「トカゲとかも平気で掴んじゃったりするんですけど、ビックリ?みたいな?」

 

「いや、みたいな?じゃなくて・・・・」

 

「優しいお母さんなんです、かまぼこ工場で働いてるんですけど、あ! かまぼこの原料ってフカっていう魚らしいんですよね。それなあに?って聞いたら鮫らしいんですよ。超怖くないっすか?」

 

「いや、ちょっと話がずれて・・・」

 

「そういえば斉藤さん、ジョーズっぽくないですか?」

 

「どこが?」

 

「ほら、ジョーズって灰色でしょ? ほら斉藤さんの今日のコート、灰色ですよ。」

 

「褒めてないよね?」

 

 

お分かり頂けただろうか?この様にチューニングの狂った女と会話することは、ものすごくストレスがかかり疲労の度合いも半端ないということが。

 

チューニングの狂った女は、こんな会話にも勝手に入ってきてかき乱す。

 

「いや、俺ね、本社に電話した時にヤマシタさんって女性がとることが多いんだよね。そんで向こうがヤマシタです、って電話口で答えるやん?そしたら必ず、ボクもです、って言うようにしとるんよ。」

 

「あ~、その話聞いたことあります~。彼女ね、旧姓はムトウって言うんですよ。でもヤマシタよりムトウの方がカッコ良くないすか?」

 

「いや、あのね・・・」

 

「絶対、ムトウの方が響きもいいし。」

 

「いや、それさ、ヤマシタを目の前にして言う話じゃないよね?」

 

「え?」

 

「え?って? いやいやいや、こっちが、え?だよ。君のその話は単純にヤマシタに対する悪口だからね。」

 

「いえ、ムトウを褒めたんですけど」

 

こいつ、気がついてない。

 

 

 

「あ~、私、結婚したいんすけど、なんで、できないんすかねぇ?」

 

 

 

ソ~ユ~トコロ、ゼンブ。

 

合掌

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