初めてレコードを買ったのは、子門真人の「およげたい焼き君」だった。いや、厳密に言うと買ったのではなく買ってもらったのだ。当時、テレビで流行ってた小学生が聴くような曲というと、この曲か、もしくは「だいちゃん数え唄」のどちらかだっただろう。ドーナツ版と言われる真ん中に大きな穴の開いたレコードは、とても繊細で、私は指紋をつけぬように、そっと扱っていた。A面を聴き終えると、今度はまたもやそっとひっくり返してB面にする。B面は なぎら健壱の「いっぽんでもにんじん」だった。
レコードの次に手にした音楽媒体はカセットテープだった。レコードよりも手軽で安価なミュージックテープは当時大流行した「ダビングセンター」でマスターテープから1回300円でダビングしてもらえた。 当然、著作権の関係で大流行の波に乗ったと思ったらすぐにこの世から姿を消した。そんな僅かな期間に私は佐野元春の3枚のアルバムをテープにダビングしていた。
佐野元春のデビューアルバムである「Back To The Street」は今でも曲順を覚えているほど、テープが伸びるほど聴きこんだ。A面を聴き終えるとレコード同様にガチャリとデッキから取り出し、ひっくり返す。そしてB面を聴く。この作業が懐かしくもある。
そう。
世の中は便利になりすぎて、カセットデッキはオートリバースという機能を備えひっくり返す必要がなくなった。どこかの誰かがきっと「ひっくり返すのが面倒くさい」と言ったのだろう。私はひっくり返す作業も込みで楽しんでいたのに。
やがてレコード盤も姿を消し世の中の音楽媒体のほとんどがCDになった。ご周知のとおりCDもひっくり返さなくて良い。A面もB面もなくなった。
ひっくり返さなくて良くなってから生まれた若い人たちは、「A面って何?」って思うんだろうな。故大瀧詠一の名曲「A面で恋をして」なんて若い子からしてみれば、何のこっちゃ?ってなるんだろうな。
ミュージシャンがCDのみをリリースしだしたのは、いつまでだったろうか? 今は解散した THE BLUE HEARTS はセカンドアルバムまではLP版を出していた。 私はひっくり返したかったからCDではなくLPの方を買った。あれが高校2年だったから、そんなに昔ではないな。いや、もう30年近く前か。
音楽を聴くという行為から「ひっくり返す」作業を奪った文明は、便利になったことで何かを失ってしまったんじゃないか!と私は問いたい。
やがて私も大人になり、何も成長しないまま、家を建てることになった。オール電化の家だ。
引渡しを受け、引越しを終え、一息ついてコーヒーを入れようとキッチンに立った。IHコンロに薬缶を置く。スイッチを入れものの数分でお湯が沸くではないか! すごいぞ!文明! 私は奥様と一緒に喜んだ。
さあ、引越し当日、晩御飯はどうしようか? 手伝いに来ていた実家の母親がアジを持ってきてくれて、それを焼こうという話になった。
ちょっと本題からずれるが、アジという魚はもっと評価されるべきだと常々思っていた。 刺身で食べても美味しいし、煮て食べても美味しい。 南蛮漬けがあれば焼酎なんて何杯でも飲める。つまり揚げても美味しい訳だ。当然、焼いても美味しい。 どう料理しても美味しい魚なんてアジ以外にあるのか? お魚界のマルチプレイヤーだ。巨人を引退したあとくも膜下出血で亡くなった木村拓也さんみたいなもんだな。彼は確か日ハムに入団したときはキャッチャーだったが広島カープに移籍したくらいからマルチプレイヤーになったんじゃなかったっけ?いや、野球ではユーティリティプレイヤーって呼ぶのか。
とにかく、アジは焼いて食べるのが一番好きだ。私は母と奥様にアジの塩焼きをオーダーした。
母親がアジを捌き、奥様が魚焼きグリルに入れる。ガスコンロと違うから説明書を読みながらやっている。
「え~!」
奥様が大きな声を上げた。
「どしたどした?」
「すごいよ、これ。」
通常のガスコンロについている魚焼きグリルはちょこちょこ様子を見ながら、A面が焼けたら、ひっくり返してB面を焼くという作業があるのに、IHコンロだと違うようだ。
「一発で両面が焼けるってさ!」
なんてこった。
魚焼きグリルまでひっくり返す楽しみを私から奪うのか。
落胆した私を不思議そうに見つめる奥様に、私は事情を説明した。
奥様はたった一言だけ私に声を掛けてくれた。
「あんた、魚なんか焼いたことないやん。悔しがるなら自分で1回でも焼いてみ。」
オッシャルトオリ
合掌