清宮はまるで亀と八島が来ることが分かっていたかのように、玄関で待ち構えていた。2人を見た清宮は首を曲げ先に宅内へ入って行った。ついて来いという意味だろう。顔を見合わせた二人は清宮に続いた。玄関を上がってすぐの部屋へ入った清宮は二つ並んだソファーの一つにどっかと腰を下ろした。清宮の向かい側にはおでん屋が座っていた。事情が呑み込めないのは亀だけのようだった。
「二人とも座りなさい。」
清宮が下を向いたままつぶやいた。二人はそれぞれ清宮とおでん屋から少し距離を置いて座った。
「桐谷、てめえホントは何者なんだよ?」
おでん屋が口を開いた。 桐谷? 亀は自分の耳を疑った。
「ウサギのせがれだよ。」
清宮が憐れむようにつぶやいた。おでん屋も亀も驚きを隠せなかった。誰かに説明して欲しそうにきょろきょろとしている。一方、八島は清宮をじっとみつめていた。清宮は ”分かった” と言うように頷いてから語り始めた。
「以前、私の対抗組織と言われているところがサカナを襲った。サカナは普段は釣具の会社で働いているが、裏の顔は政府に飼われている犬じゃよ。一筋縄ではいかないサカナを仕留めそこなったのはそこの組織のミスだったんじゃ。サカナは一人でその抵抗勢力をつぶした。」
「その話なら聞いたことがあります。」
亀が口を開いた。他の二人は黙っている。
「ところが、つぶれたかに見えたその組織は実はつぶれた振りをして地下に潜った。数人の腕利きだけを残してな。その頃、そんなことも知らなかった私は現与党の大物の依頼で様々な利権を欲しがる民間企業から政治献金を集めていた。ところが政権を奪われ野党になり下がった自民党は次の選挙でどうしても政権を奪い返す必要があった。そして私がつぶれたと思っていたはずの組織に我々の裏工作を阻止し、さらにそれらの密約を白日の下にさらすように依頼した。」
「ウサギさんはその地下組織に雇われたのですね。」
「厳密にいうと、その地下組織が使っている箱という男に雇われたのだ。」
「でも箱はすでにいなくなり桐の箱という男が後を引き継いだはずでは?」
「桐の箱というのは、桐谷のことじゃよ。」
清宮はテーブルに置いたカップを持ち上げ一口飲んだ。
「抵抗勢力組織は様々な工作を仕組んだ。ウサギにすべてを調べさせわざと私たちが気づくようにした。当然、私はウサギを消すように指示を出す。ウサギは必死で抵抗し、証拠を残す。そしてその暗殺が警察の目に触れるようにする。証拠には私がすべて指示した事実が分かるようになっている。私はもう終わりだ。明日にでも逮捕されるだろう。それが狙いだったんだろ?」
清宮は八島を見つめた。
「君はいつからこの計画を練っていたんだね?」
おでん屋も亀も驚いた。
八島は両手に拳銃を構え3人を射程距離に入れた。
「まさか箱が親父を雇ってくるとは思いませんでしたがね。それ以外は、ほぼ当初の計画通りです。亀さんを巻き込むのは最初から予定してました。おそらく父の名前を使えばこちらに向くことも予想してました。清宮さん、あなたはもう年老いている。そろそろ現役から退くべきなんです。あなただけじゃない。日本中の年寄りはいまだに自分が一番だったころの思い出を引きずって若い世代の邪魔をしている。今のこの日本を作ったあなたたちはもうただの邪魔ものでしかないのに権力にしがみついてなかなか現場からいなくならない。ほら、昔から言うでしょ?老兵は去れって。」
「八島さん、一体どうゆうことなんですか?」
「清宮さんの抵抗勢力と呼ばれサカナにつぶされたという噂を流したのは私ですよ、亀さん。私は幼少のころから父に様々なことを教わった。あなたを弟子にする直前までは私がウサギの一番弟子だった。私は父に内緒で裏の顔を持つようになった。それが桐谷と呼ばれている男です。つまり私が桐谷です。だが私が組織の長をやってしまうと父にばれてしまう恐れがある。だから身代わりを立てました。その身代わりが『持ち主』です。彼が身代わりだということを知っているのは私と彼だけでした。私は彼を通じて組織を動かしていました。箱は自分の息子を実行犯として使っていました。白いスーツの男です。彼はウサギを殺ったサカナを私の指示で殺しました。ただし、その時は亀さんの振りをしました。そうすることで清宮の目を欺けると判断したのです。ところがサカナを殺された清宮はあきらめるどころか、さらに抵抗しようとして桐の箱を運ぶように依頼してきたのです。桐の箱は、つまり桐谷のこと、そう私の事です。」
「わしもまさかあの組織が残っているとは思わないからな。あんたから聞かされたときは驚いたよ。」
「私は父を、つまりウサギを殺されました。しかし私がやろうとしていたことは暴力を使わずにすべてを解決することだったのです。ところが清宮さん、あなたはことごとく暴力を使って抵抗してきた。私は仕方なく箱にサカナを始末するように指示しました。あなたはそれであきらめるべきっだった。なのに堺を使って今度は私と亀さんを始末しようとした。」
「なぜ私を巻き込んだのですか?」
亀が尋ねた。
「あなたは暴力を使わずに解決する方法を父から教わってるんじゃないかと思ったからです。」
「でも結果的にかなり暴力的なことに私は巻き込まれてます。」
「そのことに関しては謝るしかありませんね。」
「あなたはなぜ私たちに銃口を向けてるんですか?暴力は使わないんじゃないんですか?」
「私の話を黙って聞いてほしかったんです。そうするには銃口を向けるのが一番良い方法だ。亀さん、あなたには申し訳ないと思っている。だがあなたの人探しの能力を使わないと期限内に解決しなかった。」
「期限内って?」
「明日、内閣が解散されます。それまでに今回のことを解決する必要があった。」
「つまりワシは明日以降に逮捕されるということだな。」
「そうです。清宮さん。あなたは自分の利益のために多くの命を奪いすぎた。これは許されることではありません。だが私はあなたを殺さない。生きたまま反省し多くの罪を償ってください。」
「箱の持ち主ってのは誰なんです?桐谷、つまり八島さんの身代わりの人ですよね?」
「さっきからあなたの横にいますよ。」
亀はおでん屋を見つめた。もう驚きすぎて何も言えなくなってしまった。
八島はポケットから銀色に光る立方体を取り出した。右に回すとカポっという音がして中からマイクロチップが出てきた。
「同じものを警察と新聞社、民放各局に送っています。明日は大騒ぎになるでしょう。あなたたちが民間企業の裏のお金を民主党の幹部連中に渡し、それを堺を使って洗っていた証拠もすべてこの中に入っています。おそらく数十人の逮捕者が出るでしょう。」
「わしが助かる方法はないのかね?」
「出所して来たら教えて差し上げますよ。では、これで。」
清宮を残し3人は家の外に出た。背後でズドンという銃声が聞こえたが聞こえないふりをした。
「暴力を使わずに問題を解決するのは不可能なんでしょうか?」
八島はつぶやいた。
「いつかきっとそんな日が来る、それを信じるしかありませんね。私は今回、人探しをしただけですがもうこの世界とは縁を切ります。八島さん、あなたと会うのはこれで最後にしてください。」
「分かりました。巻き込んですみませんでした。」
「最後にひとつだけ聞かせてください。桐谷って本当は誰なんですか?」
「私のことですよ。死んだ本当の母の旧姓です。私は父を恨んでました。大好きな母を殺した張本人ですからね。でも同時に尊敬もしていた。情緒がおかしいんですよ、私は。」
はははと力なく八島は笑った。
「おでん屋は続けますか?」
亀はおでん屋に向き直って尋ねた。
「そうだな。おめえみたいな世間からはみ出た奴がまた現れるかも知れねえからな。俺の表の顔でもあるしよ。」
亀は残念そうにおでん屋をみつめた。
「八島さんは?」
「私も普通のサラリーマンに戻ります。」
亀は背中に隠し持っていた銃を右手に握り、ほんの一瞬で二人を撃った。
「一度裏の顔を持った人は二度と表の世界へは帰れないんですよ。暴力の連鎖はこれで終わりにしましょう。」
亀は銃を八島に持たせるとその場を立ち去った。
オワリ