うらおもて 第11話


本db

おでん屋の店主から教えてもらった住所は清瀬駅のロータリーに沿った道路に隣接してあった。亀はそっと近づいてガラスの扉から中をうかがった。亀はハッと息を飲む。人が倒れていた。一瞬、八島じゃないかと心配になるが、彼の服装とは違う。亀は腹のあたりに力を入れてドアを開けた。

 

店内に入るとまず、銃を突き付けられた。サングラスをかけて濃紺の目立たないスーツを着た男だった。正面のカウンターには白いシャッポに白いスーツの男がいた。カウンターの上に座りこちらを見下ろしている。見るからに冷酷そうな目で亀を睨んできた。亀はピンと来た。ああ、この人は人を殺すことにためらいを感じない人だ、昔の自分と同じだ、と。

 

「いやあ、よく来たね。亀さんだっけ?長生きしそうな名前だな。本当に名前の通り長生きするのかな?あ、悪いけどさ、後ろのドアの鍵も閉めてくれるかな?」

 

白いスーツの男は薄い笑みを浮かべながら亀に話しかけた。両手には煙草とライターを持っている。

 

「清宮のさぁ、居場所を探してるんだよ。君は知ってるだろ?ってゆうか知らないなんて言ったらさ、亀なのに早死にしたりするかもね?」

 

「あなたは誰ですか?」

 

「俺?俺の名前は何だっていいよ。キースムーンでもいいし、トミーラモーンでもいいし、ジェリーノーランでもいいよ。」

 

「全員、パンクバンドのドラムスじゃないですか!」

 

「お!詳しいねえ。そうだなドラムスって呼んでもらおうかな?俺のこと。で?清宮は?」

 

「そこに倒れているのは誰ですか?」

 

「質問してるのはこっちなんだけどなぁ。ま、いいや教えてあげる。こいつは堺っていってここの店の店主さ。君も知ってるんだろ?だからここまで辿り着いた。違うかい?」

 

「洗濯屋、というキーワードで思いついたのがここでした。私は堺という男も知りませんし清宮なんてのは居場所どころか名前も知りませんよ。」

 

「俺の親父がさ、誰かに殺されちゃったんだ。誰に殺されたかは、はっきりしないんだ。誰だか分からない奴に殺されるってのが一番不幸だよな?ま、大体の目星はついてたからさ、色々調べたのさ。そしたらどうやら俺の親父を殺ったのはサカナって奴らしいんだよね。だからさ、俺は仕返しをしようと思ってさ、サカナを探してたわけ。そしたらやっと見つけたんだけどね、池袋で。」

 

「・・・だったら解決じゃないですか?」

 

ドラムスはチラリと亀を見て、そしてすぐ目をそらした。

 

「でもさ、見つけたのはいいんだけど、死んでたんだよ。」

 

ドカンと大きな音がしてドラムスが足を置いていた椅子を蹴飛ばした。

 

「俺がさ、この手で殺してやろうと思ってた憎い相手をさ、誰かが先に殺っちゃってくれちゃってんだよ。さすがの俺も頭に来たね。だからさ、こうしてサカナを殺った奴と、うちの親父を殺す指示をした奴を探してさ、いろいろ溜まった鬱憤を晴らそうと思ってるんだ。ねえ、サカナを殺ったのって、お前だろ?」

 

亀は驚いた。てっきりサカナを殺ったのはこの男だと思ったからだ。どういうことだ?ドラムスの親父って誰のことだ?

 

「誰に頼まれて殺ったんだよ?」

 

スコン。いつのまにかドラムスは手に何本もナイフを持っている。そのうちの1本を亀の足元に投げた。亀は足元の床に刺さったナイフをみつめ、そしてドラムスの顔を見た。ドラムスは先ほどまでと打って変わって怒りに満ち溢れた表情になっていた。こめかみには血管も浮き出ている。肩が小刻みに震えてるのは爆発しそうな感情を抑えているからか? 亀は恐怖を感じた。

 

そのとき、カウンターの奥の扉が開いた。ドラムスが後ろを振り返る。一瞬の隙ができたことを亀は見逃さなかった。左側に立つ濃紺のスーツの男の腕をからめとると、一瞬でその男の腕の骨をへし折った。そしてそのまま拳銃をドラムスに向けて全弾、打ち込んだ。最後の1発を打ち終えると同時に店のドアに体当たりし外へ出た。ドラムスは倒せたか?感触はなかった。転がりながら店の前の歩道に出た亀は次の動作で歩道と車道の境目にある街路樹の脇まで到達した。

 

スコン、スコン。

 

立ち上がった亀の左頬をかすめるようにナイフが2本飛んできた。

 

やってなかったか!亀は車道に飛び出し全速力で反対側へ移動した。

 

油断していた。背後でドアの開く音がしたので振り返ってしまった。開いたドアに向かってナイフを3本投げた。同時にカウンターの後ろに隠れた。亀はドラムスの手下の拳銃を使って全弾を打ち込んできた。1発が左肩のところに当たったが、かろうじて命は助かった。カチンカチンという音が聞こえた。全弾打ち尽くした証拠だ。ドラムスはカウンターの内側で立ち上がるとナイフを2本投げた。が亀は既に外へ脱出していた。ドラムスはカウンターを飛び越え、亀を追おうとした。が、その希望もむなしく、カウンターの向こう側に降りた瞬間に彼は生涯を閉じた。 開いたドアの隙間からシュボンシュボンという音と煙が見えた。消音装置の付いた拳銃の先が見える。

 

ドラムスは倒れながら後ろを振り返った。

 

「誰だか分からねえ奴に殺されるなんてまっぴらだよ。」

 

そう言いながら残ったナイフを4本ともドアの隙間に投げようとした。が、力尽きて投げることはできなかった。

 

「桐谷じゃねぇか・・・」

 

ドラムスはそのまま息絶えた。濃紺のスーツの男が駆け寄ったが直後、この男もドアの隙間から撃ち殺される。

 

道路の反対側から店の出入り口を見ていた亀は、ドラムスも濃紺のスーツの男も追ってこないので、おかしいと思った。1分待っても誰も出てこない。亀は店の出入り口が見えるギリギリの位置からもう一度、店側に道路を渡った。そのとき、店から男が後ろ向きに出てきた。八島だった。

 

「八島さん、こっちです。」

 

八島は這うように亀に近づいてきた。

 

「逃げましょう、亀さん。」

 

「店の中で何が起こったんです?」

 

「もう一人、やっかいなのがいたんです。そいつがあの白いスーツの男と濃紺のスーツの男を殺しました。」

 

「八島さんはどこにいたんですか?」

 

「カウンターの内側に座らされてました。頭上を拳銃の弾やナイフが飛び交って、私はもう生きた心地がしませんでした。」

 

亀は考えた。もう一人の男は誰なのか?ドラムスは自分の父親の敵を討とうとしてサカナを狙っていた。ところがサカナは既に殺されてた。自分の敵を横取りされた怒りは亀に向いた。でも亀は殺ってない。誰かが亀が殺ったことにしてドラムスと亀を共倒れにしようと考えた奴がいる。誰だ?どう考えても清宮じゃないか?そうだ!確か箱の組織がつぶれて一番喜ぶのは清宮だったはずだ。

 

「八島さんは危険ですから新宿のおでん屋へ行ってください。今から送ります。」

 

堺の喫茶店の前にはドラムス達が亀から奪った車が置いたままだ。2人で車に乗り込んだ。

 

「亀さんは今からどこに?」

 

「私は清宮を探します。」

 

「じゃあ、私も一緒に・・」

 

「居場所を突き止めたら必ず連絡しますので、お願いです、八島さんは一時、避難していてください。さっきのあの二人は箱って奴の組織の奴らなんです。箱の組織は想像以上にでかい。おそらくここにもすぐに追手が来るでしょう。」

 

信号が赤になったので車を停めた。ふと気づいて亀は八島に聞いてみた。

 

「八島さんを車ごと奪った奴らはあの二人だったんですか?どうして私たちがあそこにいることがわかったんでしょう?」

 

助手席にいる八島の方を向くと八島が銃口を向けていた。

 

「いえ。私は自分の意思で車を発進させ、そしてさっきの喫茶店まで来たんですよ。」

 

驚愕の表情のまま亀はなおも問いかける。質問を続けないと疑問ばかりが頭を襲っている。

 

「堺って男のことは知ってたんですか?」

 

「亀さん、暴力の連鎖は誰かが止めないと終わらないんです。私はもう私のところで終わりにしようと思ってるんです。どうぞ、車を進めてください。成増まで行ったら外殻環状線沿いに埼玉方面へ向かってください。清宮は川口にいます。」

 

「どういうことなんです?」

 

「清宮のところで説明します。」

 

それっきり八島は黙ってしまった。仕方なく亀は言われた通り車を川口市へ向けて走り出した。

 

ツヅク

 

合掌

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