手作りのメニューにこだわっている小さな居酒屋があった。ご当地北海道で採れた新鮮野菜や北海道の農場から直送されたホエー豚や牛肉を使用している、らしい。中でもその日のお勧メニューは別に1枚の手書きのフライヤーに書かれてテーブルに置いているし、壁にも貼っている。
タイトルを見ると大きく太いフォントでこう書かれている。
『RECOMEND』
まただ。
これはかなり恥ずかしい部類のミスだ。 つづりを間違っている。正しくは
『RECOMMEND』
と書く。『M』が一つ足りてないんだ。
ちなみにだが、本当にお勧めしたいのなら
『RECOMMENDED』
とすべきだ。
そういえば、先日立ち寄ったCDショップでもレジカウンターの横の特集コーナーで同様の間違いを見つけた。RECOMEND、と。 なぜ、間違うくせに英語で書くのだ?素直に『お勧め』と書けばよいではないか? かと言って、そのミスを指摘するとまるで私が知識をひけらかしているみたいではないか?
いや、と思いとどまる。 普段から私は知識をひけらかしているではないか?知識の無い人を見下しているではないか?そう私は生粋のスノッブだ。だからこの場面でも店主を呼んで 「おい、なんだこのポップは?つづりが間違っているではないか!恥ずかしくないのか!」と大声で言うべきではないか?
だが私はこのCDショップではその間違いを指摘することは無かった。苦悩の末、指摘しない方法を選択した。おそらく店員の誰か、例えば大学生のアルバイトの子が気付いて、
「店長、これスペル間違ってますよ!いつからですか?超恥ずかしいっスよ!」
と言ってくれるだろう、と考えたのだ。
だが、今夜の居酒屋は違う。ざっと見回した感じで推測すると、このフライヤーを書いたのは、あそこにいるバイトの姉ちゃんじゃないかと思う。店長では無い!なぜなら字体が可愛らしく丸々としているし、店長は腹の突き出たひげ面の小汚いオッサンだからだ。こんな可愛らしい字を書くはずが無い。
この私の推理はおそらく正しいだろう。 もう少し推理を進めてみる。
先ほど触れたとおりフライヤーの一番上には『RECOMEND』とつづりの間違ったタイトルが書かれており、その下に番号が1~4まで書かれている。 番号のそれぞれに今日のオススメメニューが順番に4種類書かれている。1番は釧路産のサンマの蒲焼だ。そのメニューの横になんとも愛くるしいサンマのイラストが描かれている。しぶきを上げたサンマがピースサインをしながらこちらを見ながら微笑んでいる。
2番目のホエー豚を使った厚切りハムに十勝産のチーズを乗せて焼いた「特製チーハム」もおいしそうだ。しかも横にはコックの格好をした豚のイラストが描かれている。こちらも愛くるしいキャラクターだ。
つづりのミスを指摘する気さえなくなるような可愛らしい字体と、それを際立たせる愛くるしいキャラクターのイラスト達に私はノックアウト寸前だった。
しかしここは心を鬼にして注意しよう。というより前回のCDショップでクレームを言えなかったストレスをここで発散させてやる! 私は注文を取りに来た姉ちゃんに尋ねた。
近くで見るとまつげが長く濡れた瞳をした姉ちゃんは、10人中9人が『可愛い!』と言うだろう、というほどの子だった。もちろん私も可愛いと思ったし、何だったら好みのタイプでもあったため、多少気後れしたが思い切って尋ねた。
「あ、お姉さん、あのね、このチラシやけどね、あんたが描いたん?」
するとそのお姉ちゃんは長いまつげをバサバサさせながら、色白の頬を少し紅潮させながらこう言った。
「あ~!それ店長が描いたんです~。かわいいでしょ?私、そのサンマ気に入ってるんです~。あ、でも実はそれ、つづりが間違ってるんですよね~。内緒ですよ~。」
店長かい!!!!
オッサン、その見た目で、こんな可愛らしい丸文字を書くんかい!!!!
逆に腹立つわ!
マギラワシイ
合掌