小高い丘の斜面を、崖崩れ防止のコンクリートが覆っている。 斜度はさほど急ではない。かと言って歩いて登れるほど緩やかでもない。 中学3年生の4人は周囲に人がいないことを確認し、四つんばいになって上を目指す。目指す場所は頂上に程近い出っ張りの部分だ。 あそこなら下からは見えない。
4人の中でも背が小さく身軽なカンとゲンが先にホイホイ登って行く。 サトルはヒロが追いつくのを待ちながらゆっくりと登る。 ヒロは夏休み初日に足の骨を折ったため、足首に鉄製のボルトが埋め込まれている。 加えてヒロは太っている。
ようやく、サトルとヒロが目的の場所に着いた頃には既にカンとゲンは始めていた。
この場所を見つけてきたのはゲンだった。 ゲンは親の離婚で隣町に引っ越したが、その時点で中学3年生だったため、転校はせずにモノレールで通っていた。 そのモノレールから見えたこの場所が、中学生が大人に隠れてタバコを吸うには絶好の場所だと言い出したのだ。
昼休みにその事を告げられたサトルとヒロは、カンも誘って4人で行ってみようということになり、授業が終わってすぐに自転車を漕いでここまでやって来た。 丁度、学校区の境界の所で隣の中学の不良と会うと面倒なことになるんじゃないか、と危惧していたが、斜面の下までは誰にも会わずに来ることが出来た。
出っ張りの上で背伸びをしたサトルはその景色のよさに感動を覚えつつ、ゆっくりとタバコに火をつけた。
『最高やの、ココ。景色もいいし、誰からも見られんし。 俺たちだけの秘密の場所にしようや。』
サトルの発言に全員が同意した。 カンはとりわけ喜んでいた。
『オレは昔から高いところが好きなんよ。 気持ちいいの~。 これからはこそこそせんでタバコ吸えるの?』
4人はひとしきり、タバコを楽しんだ。 まさに嗜好品と呼ぶに相応しいほど我々はタバコを嗜好した。
眼下をモノレールが走っている。 しばらくするとモノレールは右に大きくカーブし徳力嵐山口駅へと入って行く。駅の手前のところを走っている男の姿が見えた。
『あれ誰か? ゴッツンか?』
『ホントやん、ゴッツンやん。塾に行くんやろや。 間に合うか~? 無理やろな~!お~い、ゴッツン~。無理っちゃ、無理!間に合わんちゃ!』
『なしか!聞こえるわけねえやんか。相当距離あるぞ、こっから。』
ところがゴッツンと思しき人物が駅の階段の手前で立ち止まりきょろきょろと周囲を見回している。
『嘘やろ?聞こえたんか? あいつ地獄耳やの。』
結局、ゴッツンと思しき人物は、我々を発見できずにあきらめて駅の中へと消えていった。
それから30分ほどタバコを楽しんで我々は下に降りた。
翌日、学校でゴッツンに聞いてみた。
『ゴッツン、昨日、5時ごろ駅に向かって走りよったろ? 何か声がせんやった?』
『そうちゃ、急ぎよったのに、どこからんともなく声が聞こえてさぁ。 あれ、カンの声やと思ったんよねぇ。どこにおったん?サトルも一緒やったん?』
『いや、結構遠くからゴッツンが見えたけ、ゴッツン急げ~っち、おらびよったんよ。 聞こえると思わんやったけど、聞こえとったんやね。』
『そうなん?かすかに聞こえたけど気のせいっち思ったんよ。』
サトルはカンとヒロにもそのことを告げた。
『昨日のカンの声、聞こえたっちぞ。オレとかゲンの声は聞こえてなかったけ、カンの声だけが通るんやろうね。』
『ほんなら今日もやってみようや。』
放課後、昨日と同じく4人で出っ張りを目指した。 出っ張りの上でタバコを吸っていると遠く駅の方に同じクラスの女子の姿が見えた。チーコとカズミだ。カンが両手をメガホンみたいにして叫んだ。
『お~い。チ~コ~!カズミ~! おっぱい見せろ~!』
チーコとカズミはドコからか聞こえて声にきょろきょろしている。
『すげえの。やっぱ、カンの声は届くんよ。お前の声、なんか特殊な音なんやねえんか?』
『おっぱい、おっぱい、おっぱ~~~~い~~~!』
ヒロが落ち着いた様子でカンのおっぱいコールを聞きながらつぶやいた。
『せやけどの、あいつらに聞こえるっちことは、この下の家にも聞こえとるんやねえんか?あっこより近いんやけ。そこらへんの家に誰かおったらみんな聞こえとるぞ、多分。そしたらこの場所もばれるんやねえんか?』
それもそうだ、ということになった。
『カン、もうばれたらいかんけ、おらぶなよ。』
カンはそれっきり黙ってしまった。 やはり秘密の場所が発覚するのがイヤなのだろう。4人はその場に寝そべり空を見ながらタバコを吸った。
15分ほど何事も無く黙ってタバコを吸っていた。
『うわ!』
ヒロの大きな声に他の3人は飛び上がりそうなくらい驚いた。
『なんやヒロ、急にでっけえ声出して?』
『足、足・・・』
見るとヒロの足首を誰かが掴んでいた。
『ひえ~っ!』
逃げようとするが逃げ場がない。 斜面の向こうからガバっと飛び出したて来たのは生徒からモッサンと呼ばれる先生だった。 ちなみにサトルが所属していたバレー部の顧問でもある。
『貴様ら~、何しよるんか~。』
モッサンは鬼の形相で4人を睨みつける。
『何で、ココが?』
不思議に思っている4人の言葉を無視して、モッサンは続けた。
『山の上からおっぱい見せろとかおらびよったヤツは誰か~?』
3人はあっさりとカンを指差した。
『ようし、お前等、今すぐ下に降りろ。 ほんでカンは先生と一緒に来い。 お前等3人はとりあえず帰れ。タバコの件は明日、こってりやっちゃるけ覚悟しとけ。』
そういってカンは先生と下の民家の方へ消えていった。
翌日、カンに聞いたところによると、ある家から中学校に苦情の電話が入ったらしい。 なにやら山の上でおたくの生徒さんが『おっぱい見せろ』と叫んでます。ウチにも年頃の娘がいるので何とかしてください、と。 昨日は昨日で『ごっつんごっつん』とか訳の分からないことを叫んでいて。シンナーでもやってるのかしら?と。
そして、その家の人にお詫びをし、開放されたらしい。
昼休みに4人はモッサンに呼ばれ体育館に行った。
『このことは他の先生は知らん。俺の胸にしまっとく。 だけ、もう二度とタバコを吸うな!』
モッサンは見逃してくれた。
『それと、二度と外でおっぱいとか言うな!分かったか!』
4人はモッサンに感謝した。 ありがとう、モッサン。 そしてごめんなさい。もう二度としません。外でおっぱいも言いません。
3ヵ月後、迎えた卒業式当日。 一通りの儀式を終え、校門を出るときカンはとても大きな、通る声で叫んだ。
『おっぱい』
と。
あれ以来、我慢してたのね。
イガイトマジメ
合掌