516発目 TPOの話。


ライナーノーツ

時間や場所、状況に応じてその瞬間に最も適したものを身に着ける、という概念で作られたこの言葉は、かつて一世を風靡したデザイナーズブランドの雄、VANの創業者である石津謙介が定着させた言葉である。ちなみに「カジュアル」や「Tシャツ」という言葉も彼が日本に定着させた。

 

TPO  つまり「Time , Place , Ocation」 の頭文字をとったこの言葉は現在ではファッション用語でなく、生活における様々なシーンでも使われるようになった。仕事においても投資においてもTPOは大事である。

 

実は音楽に関してもこれが非常に大事である。

 

『え? 音楽は関係ないじゃん!』

 

って言ったあなた。気を付けて。 よ~く思い出してくれ。 例えばこんなシーン。

 

 

美由紀の携帯電話に由香からメールが来ていた。 車を買ったから今度の休みにみんなでドライブしよう、という内容だった。 美由紀はすぐに返信した。 「折角だから真紀と彩も誘おうよ。」 「オッケー。じゃあドライブ女子会ねぇ。ハート」 美由紀は真紀と彩にメールした。 二人ともOKの返事だった。

 

ドライブ当日。待ち合わせの場所に、颯爽と現れたのは晴れた空のような色の日産マーチだった。車から降りてきた由香は3人におどけて見せた。

 

「じゃっじゃ~ん。」

「や~ん!かわいい~!」

「ね、ね、早く行こうよ!」

 

美由紀が助手席に乗り真紀と彩は後ろに乗った。 何の相談もなしに助手席に美由紀が座るのはおそらく由香と高校からの友人だからだろう。他の二人は短大からの友人だ。由香はマーチをスムーズにスタートさせた。

 

「晴れてよかったね~。」

「私の日ごろの行いがいいからか?違うか?」

『きゃっきゃっきゃっきゃ』

 

「あ、ねえねえ。CD持ってきたんだ。かけてもいい?」

「さすが美由紀。 用意がいいわね。」

「やっぱ、ドライブにはBGMでしょ?」

 

というシチュエーションで美由紀がかけたCDは、こんな曲だった。

 

♪ シュプレヒコールの波 通り過ぎて行く

変わらない夢を 流れに求めて

《世情;中島みゆき》

 

ね?

おかしいでしょ?TPOがなってないでしょ?

 

分かりやすいようにもう一つ。

 

「あ、その辺にテキトーに座ってて。今、コーヒー入れるから。」

タカヒロの部屋にさやかが来るのは初めてだった。二人は付き合い始めてちょうど2週間が経った頃だった。バイト先で知り合った二人の休みが一緒になるのは月に2回しかない。もちろんバイト先のみんなには、二人のことは内緒にしている。

 

「結構、片付いてるね。もしかしてきれい好き?」

 

「いや、昨日一生懸命掃除したんだよ。だからさ、押し入れ開けたりしないでね。」

「あ~。いやらしい本とか隠してたりして~。」

「ドキ! なんちゃって。」

『きゃははは』

 

タカヒロは平静を装ってはいるが猛烈に緊張していた。昨晩、200回くらいシミレーションした。大丈夫だ、と自分に言い聞かせる。

 

そう。 今日、キスしようと思っているのだ。キッチンからお湯の沸いたことを知らせるヤカンの音が鳴り響いた。

 

「あ、コーヒー、お砂糖とミルクは?」

「あ、じゃあミルクだけ」

「おっけ。」

 

2人分のコーヒーをテーブルに置いてタカヒロは二人の位置関係を再確認した。ベッドによりかかり、体育座りをしてテレビの方を向いているさやかの左手の位置にテレビのリモコンがある。タカヒロはさやかの右側、つまりリモコンとは反対の位置。よし。計画通りだ。

 

タカヒロはテレビをつけるからと、さやかをまたごす形でリモコンに手を伸ばし触れ合ったところで見つめあい、そして『ちゅ』。 完璧や。よし、ムードを出さなきゃ。 あらかじめ用意していたCDの再生ボタンを押す。

 

スピーカーから流れてきたのは、こんな曲だった。

 

♪ 夜の札幌~舞い散る雪も~

凍てつく 心に 灯りがともる

 

 

《北空港;桂銀淑、浜圭介》

 

ね?

 

TPOって知ってる?って言いたくなるでしょ?

 

だからね。 会社の先輩たちに連れていかれたスナックで

「おい、新人、1曲歌え!」

と言われたからって、湘南乃風とか歌われてもおじさん達はなんのこっちゃ分からんのよ。次から気を付けてね。せめて堀江淳とかにしてね。

 

ジェネレーションギャップ

 

合掌

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