『謝罪』 第8話


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夜の成田空港はシンと静まり返っており、11月にしては冬を思わせるくらいの寒さだった。 ヤマシタは両手で自分の両腕をこすりながら到着ゲートの前で立っていた。

 

ふと、見覚えのある男が正面から歩いてきたのでヤマシタは驚いた。 あの清瀬駅前の喫茶店のマスターだった。 ヤマシタはにこやかに近づいていき話しかけた。

 

『マスター、先日はどうも。 あのあと、お店に行ったら1週間休むって張り紙がしてあったから。 海外旅行にでも行ってたんですか?』

 

『いえいえ、ちょっとアルバイトで。 香港に行ってきたんですよ。 ヤマシタさんは私の事を待っててくれてたんですよね?』

 

『いいえ、私はある人に会おうと思ってココまで来たんですけど、よく考えたらその人の顔を知らなくて、途方に暮れてたんですよ。』

 

『いえ、ヤマシタさんが探してる人は私ですよ。』

 

ヤマシタは笑顔のまま凍りついた。 え?え? と頭の中はハテナマークだらけだ。

 

『ユウキ君に教えてもらって来たんでしょう? 改めまして私が堺です。』

 

『え? え~~~~!』

 

ヤマシタは当惑した。 喫茶店のマスターが堺だったとは。 もう細かいことが考えられないくらいパニックになっていた。

 

『さあ、あなたに会いたがってる人がいるから行きましょう。』

 

堺に促されて空港の駐車場に行くとユウキ社長が運転席にいた。

 

『あれ、ヤマシタさん。 あれ? 堺先輩!』

 

ユウキも戸惑っている。 堺は黙って車に乗り込むとユウキ社長に 川口へ向かうように指示した。 ヤマシタは慌てて後部座席に乗り込む。

 

『一体、どうゆうことなんですか?』

 

ヤマシタはたまらず声を出した。が、その質問はユウキに対してか堺に対してかよく分からなかった。

 

『行けば分かります。 私の口から説明することは禁じられてますので。』

 

堺はそれっきり口を閉じた。

 

車は首都高速を順調に飛ばし、埼玉県川口市に到着した。 ヤマシタはピンと来た。

 

『あの土地の所有者のところに行くのですね?』

 

だが堺は答えない。

 

JR西川口駅前から線路沿いの道を走り、右折した。 住宅街の中に木がたくさん茂った公園がある。 と思ったらそれは個人の家だった。 正面の入り口に車が停まると堺は車を降りた。

 

『さ、ヤマシタさん。どうぞ。 ユウキ君はここでいいよ。 ありがとう。』

 

正面入り口の両脇にはびっしりと木が植えてあって奥の様子は分からない。 かすかに前方に明かりが見えるくらいだ。 ヤマシタは緊張した。 口の中が乾く。 ごくりと喉を鳴らしつばを飲み込んだ。

 

50mほど歩くと古い日本家屋が見えた。 両開きの引き戸が玄関のようだ。 テレビドラマや映画で観るような政治家が使う料亭のようだとヤマシタは思った。

 

引き戸を開けると広い土間があり上がり框の正面には畳帖分ほどの大きさの桜の木のオブジェが置いている。 その傍らに1人の老人が立っていた。

 

『ショウタロウ君だね?』

 

老人はかすれた声でヤマシタに呼びかけた。

 

『とても面倒なことをしてすまなかった。さ、上がってくれ。』

 

そう言って老人は歩き出した。 ヤマシタは後を着いていったが堺は玄関から上に上がろうとはしなかった。 振り返ったヤマシタを見て、一人で行けという仕草を見せた。 ヤマシタは仕方なく老人が入っていった部屋に続いた。

 

大きなテーブルと大きなソファーがあった。 老人が座ってるソファーの正面にヤマシタは座った。

 

『あの・・・』

 

『まずは私の説明から聞いて欲しいのだが?』

 

『あ、はい。 では、どうぞ。』

 

『説明というよりは告白だな。 つまり私から君への謝罪の言葉だ。』

 

老人はお茶を一口すすると切り出した。

 

『私の名前は清宮翔一郎という。 君の母さんと私はかつて恋人同士だった。 だが君の母さんと私は結婚できない間柄だった。 というのも、私はその時別の女性と結婚していたからだ。 つまり君の母さんは私の不倫相手ということだ。 私には先祖代々から受け継いだ不動産があった。 私の父も、祖父も それを長男に引き継がせてきた。 長男とはつまり私のことだ。 だから私も長男にそれを継がせる必要があった。 だが私と妻との間には子供が出来なかった。 そんなとき、君の母さんと知り合い、私は恋に落ちた。 やがて君の母さんは君を身ごもった。』

 

『ということは・・・・』

 

『そうだ。 私は君の父親だ。 清瀬のあの土地は君に引き継ぐために生産緑地にしておいた。だが、その土地をある男が勝手に売ろうとしたのだ。』

 

『ある男って?』

 

『私は君の母さんが死んだ後、母親の紹介で、つまり君のおばあちゃんだな、ある女性と結婚させられた。その相手には連れ子がいた。 年齢は君の二つ上だ。 だが血はつながってない、君とも私ともだ。 そしてその男は既に私の資産を勝手に売却している。 次に狙っているのは君に受け取ってもらう予定の土地だった。』

 

『え?でも、勝手に売られたのだったら取り返せるんじゃないですか?』

 

『そうだ。民法では無権代理という。 代理人でもないのに代理人のフリをして行った契約は無効となっている。 ただし相手方が善意無過失だったら、つまり代理人のフリをしていることに関して気付かなかったし、気付かなかったことに対して落ち度が無い場合はどうなる?』

 

『催告ですね。』

 

『その通り。 私に対して追認するかどうかの催告をしてくる。 勿論、私はソレを突っぱねることが出来る。だがしかしそうするとどうなる?』

 

『相手の人はその連れ子に損害賠償請求をする。』

 

『その通りだ。 そうすると彼はそんな賠償金など払えない。 結果、私は追認をするしか選択肢が無かったんだ。 一度、追認して味をしめた彼はその後、もう1箇所の土地も売却してしまった。 このまま野放しにすると彼は益々図に乗って君に残すはずの資産を全て売り払ってしまうのではないかと心配した私は彼を呼んで、この愚行をやめるように諭した。 だが、彼は私に対して恨みを持っている。 母親が死んだのが私のせいだと思ってる。 だからこの売却代金は自分に対する慰謝料だと言うのだ。』

 

『そ、そんな・・・』

 

『そこで私は堺に頼んで君を探してもらった。 君は偶然にも不動産を取り扱う仕事をしている。 だから』

そう言って老人はもう一度お茶をすすった。

 

ツヅク

 

合掌

 

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