香椎花園に行く予定の日の前夜にヤスコはヤマシタの家に来た。ヤスコはいつもの通り夕食を作ってバイトから帰って来るヤマシタを待った。
ヤマシタのバイトは博多駅の近くのイタリアンレストランでカクテルを作る仕事だった。終電前にはバイトが終わる。博多駅からヤマシタのアパートまでは電車で15分ほどだ。ヤスコは部屋の壁にかかった時計を見上げ、11:30である事を確認した。あと、1時間後にはヤマシタが帰って来る。 その時、玄関のベルが鳴った。ヤスコはそっとドアに近づきのぞき穴から外を覗いた。 ドアの外に立っていたのはヒロシだった。 ヤスコはドアを開けヒロシを迎え入れた。
『どしたん?ヒロシくん。サトルちゃんならまだ帰ってないよ。』
『いやさ、明日のことを考えると、眠れんくなって。』
『ごはん食べた?』
『いや、まだ。』
『ロールキャベツ作っとうけ、サトルちゃん帰ってきたら一緒に食べる?』
ヤスコはこうゆう優しいところがあった。すごく面倒見がよく自堕落なヤマシタを常に陰で支え、献身的であった。 ヤマシタもヤスコのそうゆうところに惚れていたのだ。
ヤマシタがヤスコに会うのは約1ヶ月ぶりだった。 お互いにバイトのシフトの関係で行き来が出来ず、あっという間に1ヶ月が経過していた。 だからヤマシタは少しにやけ顔で帰宅してきた。 台所の窓から湯気が出ている。換気扇が廻っている。 部屋の中では恋人が待っている。それだけで心がウキウキする。 ヤマシタはスキップでも踏みそうな勢いで急いで玄関のドアを開ける。 中から『おかえり~』の声がする。 恋人の声だ! ん? 変な男の声も混じってるな。
部屋に入ると、ちゃぶ台の前にどかっと胡坐をかき、煙草を吸いながら番茶を飲んでいる男がいた。ヤマシタの顔を見るとニコニコしながら、おかえり~と言った。
『なんで、お前がここにおるとや?』
『いや、ちょっとさ、明日のことを考えると寝れんくなってさ。』
『ほんなら、けんちゃんがた行けや。』
『いいよ、ヒロシ君。 ご飯食べり。 サトルちゃんもそんないじわる言わんの!』
ヤスコに諌められ、サトルはシブシブ ヒロシと食事をすることを了承した。 だが久しぶりの二人きりの時間をヒロシにジャマされるのはどうしても納得がいかなかったヤマシタは、どうにかしてヒロシを追い返し、ようやく1ヶ月ぶりの二人きりの夜を迎えたのだった。
揺れていたヤマシタの心はヤスコに会い、そして愛し合うことで 『やはり俺にはこの子しかいない』 と再認識させる結果となった。
明日はヒロシのサポートに徹するぞ!そう心に誓うのであった。
『明日行く予定のさ、香椎花園って、カップルで行くと別れるとかいう噂があるんぞ。』
『そうね。』
『そうね、っちお前、気にならんか?』
『じゃあサトルちゃんは、そんなことでウチらが別れると思うん?』
『お、お、お、い、い、や・・』
『大丈夫よ、大丈夫やろ?』
『おう、大丈夫や。』
そして翌朝を迎えた。 空は抜けるような青さで雲ひとつ無い。ヤマシタ達を迎えに来たヒロシに、ヤマシタは
『お前が振られるには相応しいほどの晴天やな。』
と憎まれ口を叩いた。
ツヅク
合掌