416発目 8とBの話。


8B

机に向かっていた。

 

一心不乱にパソコンを

操作する。

 

途中、電話があったりで

集中力が途切れる。

 

このレポートの提出期限は

明日の午後だ。

 

私は常日頃から納期を守る。

 

だが、今回に限っては

期限ぎりぎりになりそうだ。

 

急がなきゃ。

急がなきゃ。

 

あせるとミスが増える。

 

ようやく16時ごろには

アウトラインが完成した。

 

あとは見栄えを良くする為

体裁を整えて印刷だ。

 

ふと、いたずら心に

火が点る。

 

こんなレポートをきちんと

読む人がいるのかな?

 

私はこっそりと仕掛けを

レポートに仕込む。

 

単純ではあるが

数字の『3』を一部分だけ

平仮名の『ろ』にしてみた。

 

ふふふ。

 

何人が気づくかな?

 

全ての作成を終え

会議に出席する人数分の

印刷を終える。

 

翌日の午後からの会議には

私は出席しない。

 

夕方には会議の議事録が

上がってくるだろう。

 

会議で議事録を取る人は

私の旧知の先輩社員だ。

 

退屈な会議に退屈なレポート。

その中に潜ませた私なりの

ジョークに彼は気づくだろうか。

 

翌々日の朝にメールが来ていた。

 

~ヤマシタ様

お疲れ様です。

貴殿のレポートを隅から隅まで

拝読しました。

おかげで会議の進行も

スムーズでした。

つきましては議事録を

添付しましたので

ご査収ください。

 

追伸 誰も気づきませんでした。~

 

やっぱり。

 

でも彼だけが気づいた事に

少し喜びがあった。

 

 

私は添付ファイルを開き

それを熟読する。

 

彼から送られてきた議事録には

全ての数字の『8』が『B』になっていた。

 

やるな。

 

数日後、別の先輩社員から

昼食に誘われた。

 

大宮駅前のイタリアンレストラン

で評判のパスタを食べようと

いうことだった。

 

店名は『OTTO』だ。

イタリア語かフランス語か

分からないが『8』という

意味らしい。

 

『こないだの議事録見た?』

 

先輩が尋ねてきた。

 

『ええ、見ましたけど。』

 

『あれさ、数字の8が全部

Bになってたじゃん?』

 

ああ、気づいたのね。

 

『でさ、あの人それがばれて

山口営業所に転勤だってさ。』

 

うそ!

 

マジで!

 

『それでこの店を思い出したんだ。

ほら、ここは日本語で8って意味だろ?

笑っちゃうよな。』

 

私は笑うどころではなかった。

 

何か、とてつもない失態を

おかした気分になった。

 

とはいえ、私は既に転職を

決めており3日後の月末には

辞表を出す予定だったので

まあいいかと、気にも留めなかった。

 

3日後。

 

私は上司に呼ばれた。

 

ああ、きっと『”3”&”ろ”』の件だな

と思いながら辞表をポッケに

しのばせる。

 

会議室で支店長と二人きりになる。

 

神妙な面持ちで彼は私に

こう告げた。

 

『ヤマシタ君。悪いけど

転勤だ。山口営業所に

行って欲しい。』

 

私は驚いたが、辞表を出した。

 

支店長は私よりも驚いた表情で

私の辞表をじっとみつめ

黙ったままそれをポケットに

しまった。

 

『そうか。仕方ないな。』

 

と慰留すらされなかった。

 

私は自席に戻り議事録を

とった彼に電話する。

 

『ああ、ヤマシタくん。

とんでもないことになったね。』

 

『ですね。私もさっき支店長に

内示されましたが私は辞表を

出しましたよ。』

 

『あ、そうなんだ!

実はボクも辞表を出したよ。』

 

そうだよな。

そうしないと山口営業所は

誤字だらけの営業所に

なってしまうよ。

 

『でさ、最後だと思ってさ

辞表の中身に細工したんだ。』

 

ほう、なんと?

 

『平仮名の「り」を全部

カタカナの「ソ」にしたんだ。』

 

『一身上の都合によソ』

 

つまり彼はこう主張したわけだ。

 

あの誤字はわざとじゃない。

私はもともと誤字の多い男なんだ

と。

 

転職して20年近くが経ったが

彼とは年賀状のやり取りだけは

続けていた。

 

彼からの年賀状は毎年、

郵便番号の8がBに

なっていた。

 

 

それでも届くのね。

 

 

先輩。

今頃どうしておいででしょうか?

 

私はあれ以来、誤字脱字の

ない人生を送ってますよ。

 

結論。

仕事でふざけてはいけません。

 

サセンニナルカラ

 

合掌

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