381発目 掴みの話。


掴み

初対面の人と打ち解けるには

”掴み”と言われるネタがあると

とてもスムーズだ。

 

例えば私の場合は、

 

『福岡生まれの福岡育ちで

何の因果か、今、ここにいます。』

 

と言うと、たいていの人は

興味を持ってくれ、その後の

会話がスムーズになる。

 

そう、私は今 北海道に

いるんだ。

 

北海道に来たんだから

スキーをやるべきだ!

 

と、妙な使命感のもと、

スキー場へ足を運んだ。

 

思えば、スキーなんて

高校の修学旅行で

やったきりだ。

 

 

最初は家族4人で

グループレッスンに参加した。

 

一度目の滑走で

なんだ、出来るやん!

と気を良くし、二度目からは

自主トレをする事にした。

 

4歳の娘はプライベートレッスンに

申し込み、私はそれに併走しながら

自主トレに励もうと。

 

いざ、気合を入れて

二度目のスキー体験へ。

 

プライベートレッスンの

申し込みはクラブハウスとは

別の場所に建っている小屋で

申し込む事になっていた。

 

受付に座っているおばちゃんは

元はインストラクターだったらしい。

 

スキー歴25年のベテランだ。

 

レッスンを申し込みに来た人の

レベルに応じて、その人に

一番合うインストラクターを

差配するのが彼女の役目だ。

 

メガネをかけて優しそうな顔の

彼女は気さくに話しかけてくる。

 

『おじょうちゃん、今日は

とっても優しいおじさんの

コーチと一緒に、スキーの

楽しさを覚えて帰ってね。』

 

と、スキーの技術と言うよりも

基礎とスキー自体の楽しさを

教えるのがコンセプトのようだ。

 

彼女の胸元にはネームプレートが

かけてある。

 

彼女は自分のネームプレートを

指差しながら自己紹介した。

 

『よろしく、ツジ アイ です。』と。

 

へえ、アイなんだ。

 

年配の人の名前にしちゃ

珍しいと思った。

 

私は何の気も無く

ネームプレートを指差し

尋ねた。

 

『アイってどんな字を書くんですか?』

 

『アジアの亜に、ころもです。』

 

へえ、愛じゃないんだ。

 

そのやり取りを見ていた

別の男性インストラクターが、

話に割り込んできた。

 

『ひとりプッチモニですよ。』

 

私は何のことか分からなかった。

 

『あはは、やあだ、それ

やめてよ~。』

 

私は意味が分からず

その場を後にした。

 

外に出ると今日の娘の

担当コーチが待っていた。

 

キャリア35年のコーチは

とても柔和そうな顔立ちで

 

『今日はよろしくお願いいたします。』

 

と丁寧に挨拶をした。

 

ふと、私は先ほどの

やり取りを彼に話し、

どういう意味かを尋ねた。

 

『ああ、若いコーチからは

ひとりプッチモニって

言われてますね。』

 

『どういう意味なんでしょうか?』

 

『プッチモニっていうアイドルが

いたらしいですよ。

グループで、ほら、そのうちの

一人は不倫が見つかったあの・・』

 

『ああ、モーニング娘の?』

 

『そうそう。

で、小さな女の子の不倫してない

残りの二人の名前が

ツジちゃんとカゴちゃんって

言って、カゴちゃんの下の名前は

アイらしいんですよ。

若いインストラクターは

彼女の名前で笑いを取る、

いわば”掴み”らしいですよ。』

 

なるほど。

 

ツジノゾミとカゴアイ。

受付の彼女は一人で

ツジアイ。

 

ほう。ウマイ綽名をつけたもんだ。

 

それよりも、この初老の男性の口から

”掴み”というワードが飛び出すなんて。

 

 

レッスンは滞りなく進んだ。

 

娘もスキーの楽しさを

味わったようで、まだしたいと

駄々をこねている。

 

プライベートレッスンは

2時間で一万円だから

そんなに長い時間はできないと

説得し、その日のレッスンは

終了した。

 

終了後もう一度、受付に行き

料金の精算をする。

 

受付のプッチモニは

どう、楽しかった?と

娘に話しかけ、ご褒美だよと

飴玉をくれた。

 

そして私に料金の説明を

してリフトの料金を精算し

書類を渡してきた。

 

『以上で終了です。

ここにお父さんのサインを

ください。』

 

書類とともに渡された

ボールペンを見ると

“モーニング娘。”

というロゴが入っていた。

 

意識してるんだな。

 

私は小屋を出て娘と

クラブハウスへ向かい

スマートホンで

ツジ、カゴ、プッチモニ

というワードで検索してみた。

 

検索結果に羅列された文字は

そのほとんどが『ミニモニ』だった。

 

彼等が思っていたプッチモニは

実は間違っていて

ツジちゃんとカゴちゃんが

所属していたグループ名は

ミニモニだったということだ。

 

きっとあの人たちは

もう何年も間違ったままの

グループ名を使い続け、

お客さんとの”掴み”に

使ってたんだな、と思うと、

なんだか寒い気持ちに

なってきた。

 

外は猛吹雪になっていた。

 

ドッチデモイイケドネ

 

合掌

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