374発目 父の威厳の話。


ライナーノーツ

先日お会いした男性は

品が良く、育ちもよさそうだった。

 

仕事の話も一通り終え

雑談になった時に

彼は自分の事を話し出した。

 

『娘が口をきいてくれない。』

 

 

聞くと、娘は高校生だそうだ。

 

よくある悩みだな。

 

 

『小さいころはパパと

結婚するって言ってたんですがね。』

 

そう言うと彼は恥ずかしそうに

うつむいた。

 

私には4歳の娘がいる。

だから数年後、私も彼と

同じ悩みを抱えるかもしれない。

 

『何歳ごろですか?娘さんが

パパと結婚したいって言ってたのは。』

 

『3歳くらいですね。あの頃は

可愛かった。』

 

はっ!

 

ウチ、4歳なのに!

まだ一度も

『お父さんと結婚したい』

って言われたことないぞ。

 

これはゆゆしき問題だな。

 

私は帰宅すると早速

娘に尋ねた。

 

『ねえぇ、いっちゃん。

大きくなったらお父さんと結婚す・・』

 

『せん。』

 

お。ちょっと食い気味で

否定してきたな。

 

『なんで?』

 

『だっておならばっかりするやん。』

 

『いや、そうやけど

結婚したらせんくなるかもよ。』

 

『でも、せん。』

 

がっくりと肩を落とす私の足を

娘が見ている。

 

『お父さん、足も臭いよね?』

 

『いっちゃん。お父さんの

においの事を言うのは16歳から

にしてよ。』

 

『ちょっと匂っていい?』

 

そう言うと彼女は私の足に

鼻を近づけにおいを嗅いだ。

 

『くっさ!

くっさ!これ

くっさ!』

 

『ちょっといっちゃん。

お父さん泣きそうだよ。』

 

『お~い!ゆ~ご~!』

 

ゆうごうとは彼女の兄である。

 

『ゆうごう、お父さんの足

におってみてん。』

 

今度は息子が足に鼻を

近づける。

 

『ううぇえ!

お父さんどしたん?

この足、ゴミ捨て場の

においがするよ。』

 

『君たちはお父さんの事を

どう思ってるのかい?』

 

私はさほど期待せずに

彼らに尋ねた。

 

『くさいおっさん。』

 

二人は声をそろえて

そう答えた。

 

はぁ。父としての威厳は

地に落ちてるな。

 

『お父さん、でもチュウは

してやるよ。』

 

そう言って彼女は

私に唇を寄せてきた。

 

ちゅうう~~。

 

随分と長い口づけだった。

 

私はそれだけですべてが

帳消しになるくらい幸せだった。

 

口づけの後、彼女は

私に背を向け

洋服の袖で口元を拭いていた。

 

シニタクナルヨ

 

合掌

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