369発目 妻の手助けの話。


ライナーノーツ

歳をとると車の運転が

しんどくなる。

 

家族で出かける時は誰が

決めたわけでもないが

私が運転をしている。

 

お父さんは運転手。

お母さんは助手席。

 

これは、ほとんどのご家庭で

そういうことになっているのだろう。

 

だが私は車の運転が苦手だ。

 

目が疲れるし、そのせいで

肩が凝るし、腰も痛くなる。

 

しかも歳をとるごとに反射神経も

鈍ってきているから運転が怖い。

 

さらに私の父の年齢にもなると尚更だ。

 

私の父は視力がとても悪い。

 

以前、白内障に罹って以来、

コンタクトレンズをしたうえで

メガネをかけていた。

 

腰と膝が悪いのは老化から

くるものだろうが、年齢のせいで

反射神経も相当に鈍っているはずだ。

 

だから、彼の運転する車に

同乗するのはかなり勇気がいる。

 

とはいえ、彼は公共の交通機関を

苦手としているため、どこに

行くのも車を使う。

 

そもそも彼が行きたがる場所自体が

車でないと行けないようなところ

ばかりだから仕方がない。

 

若いころから山登りやキャンプなどの

アウトドアが大好きで、私の母親も

父の影響で山登りをするように

なったらしい。

 

今では子供たちが全員、巣立ち

実家では父と母の二人暮らしだから

それぞれが気ままな老後を

送っている。

 

月に一度の割合で夫婦そろって

九州のあちこちに山登りに

出かけるのは楽しみの一つらしい。

 

我々子供たちにしてみても

仲の良い夫婦でいてくれるのは

安心だ。

 

 

 

私が家族を連れて実家に帰ろうと

計画していた時の話だ。

実家に電話し在宅の有無を確認した。

 

私が行こうとした日の朝に、

山登りから帰って来るから

丁度よい、ということになった。

 

予定の日、私は家族を伴い

実家に帰った。車で帰った。

 

数日間は滞在する予定だったので

荷物も多いし、車の方が

何かと便利だからだ。

 

もちろん、運転は私がした。

 

お父さんは運転手。だからだ。

 

実家につくと、ソファーの上で

ぐったりとしている父がいた。

 

『どした?疲れたんか?』

 

と問う私に父は、うっすらと

瞑っていた目を細く開け

こう答えた。

 

『運転が疲れた。』

 

そうか。この家でも

運転手はお父さんか。

 

『今回はどこまで行っとったと?』

 

『鹿児島や。九州自動車道を

加治木まで行ってそこから

東回りに国分まで。』

 

『うわ~、そらぁ時間かかったろ?』

 

『休み休みで7時間や。

それでも早い方で。』

 

私は母の方を振り返り

こう言った。

 

『母ちゃん、なして運転

代わってやらんやったん?

父ちゃんは腰も目も悪いんやけ

かったりばんこ(かわりばんこの事)で

運転せな。』

 

すると母は反論してきた。

 

『代わっちゃろうかっち聞いたんよ。

そんならお父さんが”もうええ”いうけん。』

 

父は私を見てため息を吐いた。

 

『サトル、聞いてくれ。

母ちゃんが運転代わるっち言ったんは

そこぞ。南インターのとこぞ。』

 

父の話によると、帰路の間、ずっと

助手席で寝ていた母親が

ようやく目を覚まして、第一声で

『ここどこね?』と聞いてきた。

そこはもう小倉南インターで

私の実家はそのインターから

車で10分の場所にある。

距離にして5km弱だ。

 

代わって貰おうとするような

距離ではないと判断した父は

母の申し出を断った。

 

『7時間のうち6時間50分を運転させといて

最後の10分を代わってやるっち

言ったことを恩着せがましく言うんぞ。

もうええわ、っちなろうが?』

 

それもそうだな。

 

それでも仲良くやっている夫婦が

羨ましくもあった。

 

実家での数日間を楽しく過ごし

いよいよ我が家も自宅へ帰る日が

来た。

 

じゃあね、また来るねと

言い残し車を発進させる。

運転はもちろん私だ。

 

約1時間の運転をし、自宅へ

到着する。

 

子供たちを寝かしつけ

ほっと一息ついてから

私は妻に聞いてみた。

 

『運転を代わってやろうかとは

思わんのね?』

 

『お父さんの話聞いたやろ?

妻は最後の10分を運転すれば

いいんよ。』

 

いや、君。

 

それは拡大解釈というものだよ。

 

『でも、最後の10分すら

代わってくれんやったやん。』

 

『7時間経ってないやん。

ふわ~。おやすみ。』

 

どうやら運転手としての

私の仕事はまだまだ続きそうだ。

 

ツカレテルノニ

 

合掌

 

 

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