357発目 思ったより少ない話。⑤


ライナーノーツ

もう、嘘だろとしか言いようがなかった。

 

あんなヘコんだバンパーを

持って行っていったい、何に

なるというのか?

 

おそらくいたずらだろう。

ということになった。

 

私は、前向きに考えた。

 

『高速道路を走行中に

外れて他の人に迷惑を

かけるよりは良かったかもね。』

 

と。まるで悟りを開いた

修行僧のような発言だった。

 

結局のところ、そばを食べている間も

それから帰路に就く間も

私は頭のどこかで、バンパーのとれた

車の事を気にしていたので、

悟りが開けたふりをしていたことに

なるのだが、周囲に気を遣い

いたって明るく振舞っていた。

 

自宅に戻ってからもしばらくは

ショックから立ち直れなかった。

 

ベランダのカーテンを開け、

その向こうに停めている自分の

車を見つめると泣きそうになった。

 

バンパーのない車と言うのは

とてもお間抜けに見える。

 

明日の仕事帰りにでも

ディーラーに持っていき

修理してもらおう。

 

 

翌日、仕事が終わり私は

バンパーのないローレルを

操り日産まで持って行った。

 

保険を使いますかと尋ねられたが

保険料が上がるくらいなら

現金でいいですと、なかば

やけくそで答えた。

 

結局見積もりをしてもらったら

修理代は7万5千円だった。

 

痛い出費だ。

 

2週間後、車がピカピカに

なって帰ってきた。

 

日産の人がサービスで

ポリマーコーティングを

施してくれていて、ボディは

まるで新車のようにツヤツヤと

輝いていた。

 

。。。ぶつけてもらって

却ってよかったかな?。。。

 

と前向きに考える余裕すら

湧いてきた。

 

 

その日の仕事帰り、

キンちゃんから飲みに行こうと

誘われた。

 

いつもの居酒屋に行き

生ビールを注文し終わったところで

キンちゃんが口を開いた。

 

 

『テツにさぁ。サトルの車の

修理代どうする?って

聞いたんや。そしたらな

うん、なんぼか払おうと

思ってる言うてたで。』

 

『あ、そうなん?もう

どうでもいいけどね。

ま、でも貰えるんなら

貰っとこうか?』

 

『いや、ほんでな。

修理代がいくらくらいかかったか

サトルに聞いといたるわって

言ってしもんたや。

なんぼほどかかったん?

テツに教えたらなあかん。』

 

『ああ、7万5千円。』

 

『嘘やん!そないかかったん?』

 

『ま、いいよ、あんまり

テツを責めるなよ。』

 

 

その月の給料日にノブから

連絡があった。

 

こないだの写真もできたし

今日は給料日だから

みんなで飲みに行かないか?

ちょうど明日は休みだろ?

 

という内容だった。

 

私は指定された時間に

指定された場所に向かおうとした。

 

その日は少し残業があったので

指定された時間には30分ほど

遅れたが、指定された場所は

間違わなかった。

 

店の前まで行くとテツがいた。

 

私に気づくと近寄ってきて、

 

『お疲れ!今来たんだ。

サトルも?』

と聞かれた。

 

『ああ、俺も今着いたところ。』

 

『あ、あのさぁ。』

 

お!来た。

これはあれだな。

弁償の件だな。

 

『こないだの車は悪かったな。』

 

『気にすんなって、済んだ事だろ?』

 

『いや、でも俺の気が済まないからさ。

これ受け取ってくれよ。』

 

奴は白い封筒を出してきた。

 

『いやいやいや、これはお前!』

 

と、私は一応断るそぶりを見せた。

 

もちろん、腹の中では受け取る気は

十分すぎるほどあった。

だって7万5千円も出費してるからな。

キンを通じてこいつも金額は

分かってるはずだ。

 

ざっと見積もっても5万はあるはずだ。

 

『頼む。受け取ってくれ。』

 

『分かった。じゃこの話は

これで終わりな。』

 

と、私は受け取った封筒の

封もあけずに鞄に放り込んだ。

さも、この封筒の中身には

興味はありませんよと言う

態度をキープして。

 

居酒屋の奥の座敷に行くと

もう私たち二人以外はそろっていて

先に始めていた。

 

約2時間の飲み会が終わり

私は帰路に就いた。

 

大宮駅からタクシーで

15分ほど走り途中コンビニに

寄り自宅へ帰り着いた。

 

リビングの電気をつけ

着替を済ます。

 

シャワーを浴びる前に

例の封筒を確認しよう。

 

鋏で慎重に封を開ける。

 

中にはお札が数枚と

手紙が入っていた。

 

よし。手紙を先に読もう。

 

手紙には謝罪の文章と

最後にこう書いてあった。

 

『ほんの気持ちだが、修理代に

充ててほしい』

 

そうかそうか。

 

さて、お札は。

 

1、2、3、4・・・・5

 

全部で5枚。

 

だが、全部千円札だった。

 

 

私はその日、いつもより熱めの

シャワーを浴びた。

 

スクナスギル

 

合掌

 

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