ジュンヤは小学校に入ったときに
一緒のクラスで、小4までずっと
同じクラスだった。
お互いの家を行き来するのは
もちろんのこと、お互いの
お誕生日会に呼んだり、
夏休みの宿題をやったりと
かなり仲良くしていた。
その後、クラスは変わったが
中学を卒業するまでは同じ学校で
小学生の頃ほど遊ばなくなったが
時折、学校で会話はしていた。
今思えばジュンヤがおかしくなったのは
あの時の、あの事件だろう。
元々、ジュンヤは学校の成績がよく、
クラスでもほぼトップだった。
彼の父親は東大卒で母親は
早稲田大学卒というサラブレッドだった。
授業はまじめに出席するし
学校に遅れてくることなんて
皆無に等しかった。
中学3年生の1学期のことだ。
もうすぐ身体測定があるって時に
ジュンヤが隣のクラスのボクを
突然たずねてきた。
『サトルお願いがある。』
神妙な顔つきでボクに懇願した。
依頼の内容はこうだ。
『中学最後の身体測定に
臨むに当たって、どうしても
成し遂げたい野望がある。』
『なんだい?その野望って言うのは?』
ジュンヤは勿体つけるように
ボクを足の先から頭のてっぺんまで
見回し、こう続けた。
『サトルは身長何センチ?』
小学校の頃のジュンヤはボクと
同じくらいの背の高さだったが
ボクは中学にあがったころから
背が伸びだして、中学3年の時には
180センチ近くあった。
『ほぼ180センチやね。』
『いつの間に伸びたん?
オレなんかまだ158センチよ。』
確かにジュンヤは中3にしてはチビの部類だ。
『でね、お願いって言うのは
今度の、つまり中学最後の測定で
どうしても160センチ台を出したいんよ。』
出したいって、あ~た。
パチンコじゃないんだし。
『でもいまさらイリコ食っても
伸びたりせんやろ?いや伸びるとしても
間に合わんやろ?だから』
『だから?』
『コレを使って伸ばそうかと。』
ジュンヤが剣道の竹刀を入れる袋から
木刀を取り出した。
『頭のてっぺんを殴ってくれ。』
『いや、そんなこと剣道部の奴に
頼めよ!俺、怖いよ!
ほら、ちょうどそこにヤナオがおるやん。』
ヤナオとはボクと同じクラスの
剣道部の男だった。
『いいや、こうゆうことは
サトルに頼まないと意味がない。
サトルみたいに背が高い奴に
背の低い俺の気持ちを
分からせるためにも。』
確かにヤナオは背が低い。
ずんぐりむっくり体型だ。
対してボクはと言うと
すらっと背が高く、足も長い。
ああ、もちろん自慢だ。
『なんでそんなに160センチに
こだわるん?いいやん四捨五入したら
160センチやん!』
『いや、身長を四捨五入したらいかん。
切り上げていいのは小数点以下だけだ。
オレが160センチにこだわるのは
母親が159センチだからだ。』
ああ、あの美人のお母さんが?
そうか、ボクには分からない悩みを
かかえてるんだな。
妙に納得したボクは
よし、こうなったら、と。
意を決してジュンヤから木刀を
受け取る。
『ここじゃなんだから廊下に出て
人目につかないところでやろう。』
ボクとジュンヤは廊下の端っこに行き
誰も見ていないことを確認して
その木刀でジュンヤの頭を
ぶん殴った。
しゅっという木刀が風を切る音がした。
次の瞬間、ジュンヤの頭から
『ゴツ』っという鈍い音がした。
『ぎいいやぁぁぁぁああ!!!!』
断末魔の叫びとはこういうのを
言うんだろうな。
ジュンヤは頭から血を流し始めた。
叫び声を聞きつけた教師が
近くの教室から出てきて
木刀を持ったボクと、頭から
血を流すジュンヤを見つめて、
悩まずにボクの手を引っ張った。
『ちょっとこっちへ来い!』
『いや、先生、違うんよ!違うんよ!』
先生は有無を言わせぬ力で
ボクを引っ張っていく。
ジュンヤは廊下にうずくまったまま
びくともしない。
結局、ボクの弁解は受け入れてもらえず
翌日、ジュンヤの意識がはっきりして
先生に事の一部始終を説明するまで
ボクの容疑は晴れなかった。
身体測定当日。
ジュンヤは頭に出来たコブと
カサブタを僕に見せながら
『サトルには迷惑かけたけど
なんとかこれで160に手が届くわ。』
と嬉しそうに言った。
結果がどうだったかって?
測定器の頭にちょんって乗せる
板みたいな奴がジュンヤの頭頂部に
触れた瞬間、あまりの痛みに
肩をすくめてしまい、その結果、
『156センチやね』
と言われていた。
あれほど痛い思いをしたのに
2センチも縮んでしまったことを
彼はどうやって乗り越えたのだろう。
先日、飲み屋で知り合った女性の
身長が158センチだったからこの話を
思い出した。
誰か、背が低いことで悩んでる方。
ボクが木刀で殴ってあげるよ。
イテテテ
合掌