薄暗いステージにスポットライトが灯る。
それまでザワついていた客席に
一瞬、静寂が訪れる。
ボクはゆっくりとステージに向かい
置いてあったギターに手をかける。
ストラップに腕を通し肩にかける。
ギターのポジションは腰の辺りだ。
客席からは歓声とも罵声ともつかない
言葉が投げかけられる。
『早くやれよ!おらー!』
ライブハウスには早くも不満と
熱気が充満し始める。
ボーカル&ベーシストのヒトデが
出てきてマイクを持つ。
『準備は出来たか?テメーら!』
うおぅぅおおおおお!
観客達のうねりが一層激しくなる。
ドラムスがスティックを交差し
カウントを始める。
チッチッチッチ。
ドカーン!
ディストーションの効いたギターのリフと
激しいベースラインに早いビートが
刻まれる。
パンクロックとは若者の不満と鬱憤を
シャウトと早いビートに乗せて
ステージ上で疾走することなんだ。
2ヶ月前、ボクらはライブハウスの
明るい客席にいた。
2ヵ月後に行われる東京から来る
インディーズバンドのオープニングアクトを
決めるためのオーディションだ。
この日のためにヒトデが書いてきた
歌詞にボクが曲をつけた。
7つのコードを使用した凝った
パンクロックだ。
12のバンドが参加したオーディションを
見事勝ち抜いて、このライブの
オープニングアクトの座を射止めた。
1曲目はヒトデ渾身の作品だ。
歌詞の内容はこんな感じだ。
『税金なんて払ったって
どうせ役人の腹を太らせるだけ。
税金なんて払ったって
どうせ政治家が喜ぶだけ。』
十代の若者にとって大人がやってることの
意味も分からなければ
理解する気もないという内容の
歌だった。
この曲は別のライブハウスでも
何度か演奏し、なかなか好評を得ていた。
今でもたまにその日のことを
夢に見るときがある。
東京に出張に行ったときに
次の約束まで時間があったので
新宿の古レコード屋に立ち寄った。
髪の毛の薄くなったサラリーマンが
近寄ってきて話しかけられた。
『間違ってたらすみません。
もしかして小倉のサトルじゃない?』
驚いてその男を見たが誰だか
思い出せなかった。
『オレだよ。ヒトデだよ!』
うわ~~!
久しぶり~!
25年ぶりにあったヒトデは
過去の面影と頭髪をすっかりなくしていた。
時間があるならお茶でも、と
誘ってきたのはヒトデのほうだった。
『サトルは今何やってんの?』
『オレはサラリーマンだよ。ヒトデは?』
『ま、オレも似たようなもんだ。』
『いや、懐かしいな。
オレ、いまだにあの日の夢を見るよ。
クッキーをライブでやった日。』
クッキーとはヒトデ作詞の
例の税金の歌だ。
ああ、と気のない返事が返ってきた。
『あったな、そんなこと。
すっかり忘れてたよ。サトルは
まだやってんの?音楽。』
『ああ、こないだもちょっとした
ショーがあって、ピアノ弾いてきた。
でも15、6年ぶりだったよ。』
『オレはやってないな。ベースも売ったし。』
ライブのあと打ち上げの居酒屋で
興奮が冷めてない状態のときに
ヒトデがポツリとこう言って来た。
『オレさ、今日みたいなライブって
もう二度と出来ないと思うんだよ。
俺らの限界って言うかさ、よく
わかんねえけど、今日のが
最高のパフォーマンスで、これ以上の
出来ってないんじゃないかなって。』
ボクとドラムのコータさんは
口を揃えて、そんなことない!
オレ達はもっとよくなる!って
叫んだんだ。
でもヒトデは違っていた。
『オレ、今日でやめるわ。
大学に行きてぇんだ。』
ボク達のバンドはこれであっさり
解散になった。
ボクもコータさんも悔しがったし
ヒトデを責めた。けどヒトデの
意思は固かった。
あれから25年、大学に行ったかどうかも
知らないまま月日は流れた。
『で、ヒトデは結局、バンド辞めたあと
どうしてたの?』
う~ん。言いにくいんだけど、
と前置きしたが聞いてほしそうだった。
『あれから予備校に通って
関東の大学に行ったんだ。
そこで色々勉強して国家公務委員を
目指したんだよね。』
え?公務員?
あれほど『国の犬にはならねぇ!』
とか歌ってたのに?
『で、今は宇都宮に住んでいて、
今日は出張で上京したんだ。』
『へえ、栃木県の?』 『そうそう』
『どんな仕事?』
『あ、国税局。の査察。』
はぁ?
あれだけ税金は払いたくねぇって
歌ってたのに?
人間って25年も経つと
変わるのね。
パンクロックだなぁ。
PUNKS IS DEAD
合掌