189発目 赤壁の戦いの話


ライナーノーツ

ヒロは中学の3年間、俺と一緒のクラスで
一番仲がよかったヤツなんだ。
でも、とっても運の悪いやつで
ここぞ!という場面ではいつも煮え湯を
飲まされてたな。

あれは確か爆風スランプの”無理だ”が
流行ってた頃だから中3の夏だ。
終業式を終え、帰宅途中に寄り道した
俺たちは紫川に立ち寄った。
草むらに隠れてタバコを吸うためだ。

ヒロが川原に捨ててあったベニヤ板を
持ってきて川くだりをしようと
言い出した。
やめとけよ。危ないぜ。
でもヒロは言うことを聞かない。

颯爽と川の流れに乗り下っていくヒロを
俺たちは川原で併走しながら
追っかけて行ったんだ。
しばらく行くと堰があり、ヒロは
ドボンと下流側へ落ちた。

やっとの思いでヒロを助けた俺たちは
ヒロの足が変な方向に曲がっていることに
気がついた。
歩けないほど痛いらしいから
多分折れてるな。救急車を呼ぼう。

かくして、ヒロは中学最後の夏休みを
初日から入院という幕の開け方に
なったんだ。

中3というと受験生だろ?
たっぷり勉強できるじゃねえか。
でもさ、ヒロはまったく勉強せずに
夏休みの間中、三国志の漫画を
読んですごしたんだ。

方程式も英単語も日本の歴史さえ
覚えようとせずに行ったこともない
中国の歴史を勉強したんだぜ。
それも漫画で。
おかげで三国志にはめっぽう
詳しくなってさ。事ある毎に
三国志に例える様にもなったんだ。

でも、やっぱり勉強しなかったから
当然のように高校受験に失敗し
おバカで有名な高校に行くことに
なったんだ。偏差値も測定不能の
私立高校だよ。

自宅から電車やバスを乗り継いで
2時間近くかかる遠い高校だ。
だから、俺はヒロとは疎遠になった。

高校に入学して1学期が終わる頃、
つまりヒロが足の骨をぶっ壊して
一年が経過した頃だ。ヒロから
電話があって近況を報告しあった。

『あのとき入院して足の中に
ボルトやプレート入れただろ?
そろそろ外せるんじゃねえの?』

『いや、うちの親父が失業して
手術の金がねえんだよ。
まあ、不自由してねぇから
しばらく入れとくわ』

骨折の治療のために足首と
ひざにボルトとプレートが入ってる
ヒロの足は歩くには支障がないが
全力で走ることは出来ないらしい。

やがて、一学期の終業式が
近づいて高校生初の夏休みに
入ろうかとした頃だ。
別の友達から連絡があった。

ヒロがつかまって高校を退学になった。

は?なんであいつは夏休みを
避けるような人生を送るんだよ!

俺はヒロに電話して真相を問い詰めた。

『いやあ、職員室に行ったら
修学旅行の積立金がポンと
机においてあってさ、
足の治療費になるなと思って
パクったんだよ。そしたらさ
校舎の出口のところで先生に
みつかってさ。』

『そんで、どした?』

『いやぁ、逃げたよ。そりゃもう
必死でさ。でもよ、俺の足、
こんなだろ?走れなくてさ
結局、フェンスのところで
追いつかれて万事休す!だったんだ。
下を覗くと水路があってさ、
去年の紫川を思い出したら
怖くて乗り越えられなかったよ。
もう片方の足を折るんじゃねえかって。』

で、結局つかまったんだけど
学校側としてもこんな不祥事を
表ざたにするわけにもいかねえからって
自主退学させられたそうだ。

『いやあ、赤壁の戦いの時の
曹操の気持ちが良く分かったわ。
水攻めだな、水攻め。』

ゼンゼンチガウワ

合掌

“189発目 赤壁の戦いの話” への3件の返信

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