696発目 事故成金の話。


勝手な偏見だと取って貰って構わない。女性蔑視と非難されることも覚悟のうえでこう言おう。

 

『ババアは無茶苦茶な理由でゴネる。』

 

では、ババアの定義から説明していこう。いったい、女性は何歳からババアなのか?と聞かれることがあるが、ババアは年齢ではない。その所作や格好や生き方を言うのだ。仮に君が18才だとしても、やぼったい色のスカートのウエストの部分に下っ腹の肉が出ており、ファンデーションを厚く塗り、赤い口紅を塗っていれば、それはババアだ。大きな声で会話し、周囲に他人がいないものとして歩く。電車ではつり革にギリギリ届かないくらいの背丈で、両手に荷物を持っている、それがババアだ。

 

足がむくんでいる。それがババアだ。

 

私が今まで見たババアの中で、最上級の「ゴネ」を見たのは後にも先にも、あの小学生の頃だ。あのババアを超えるババアにはまだ出会ってない。

 

Most Gonerist Babaa Award

 

略してM.G.B.Aだ。

 

モスト ゴネリスト ババア  アワード とは年に一回、その年でもっともゴネたババアに贈られる栄誉ある賞だ。1981年にこの栄誉ある賞を受賞したあのババアの話をする前に、私の町内にいたペンタゴンについて説明する必要があるだろう。

 

ペンタゴンとはアメリカの国防総省のことではなく、キン肉マンにでてくる超人のことだ。彼は同級生だったが一度も同じクラスになったことはなかった。でも同じ町内だったから、たまに一緒に遊ぶ程度の仲だった。

 

本名は知らない。周りの奴らがペンタゴンと呼んでいたので、私もそう呼んだだけだ。一度だけ、別の奴にこっそり由来を聞いたら、こう説明してくれた。

 

同じ町内の女の子で一つ年下の子がいた。彼女はいつも前髪を目の下くらいまで垂らしており、表情の読めない暗い子だった。そのため、周りからはウォーズマンと呼ばれていた。そのウォーズマンが一度だけ怒り狂って一人の男の子に食って掛かったことがあったそうだ。ウォーズマンはその男の子の顔面をガリっとひっかいた。ひっかかれた男の子は顔面から血を流し、泣き叫んだそうだ。その泣き叫んだ男の子がペンタゴンだった。

 

キン肉マンの作中では超人オリンピックザファイトでソ連代表のウォーズマンにペンタゴンは背中の翼を引きちぎられ、顔面からおなかのあたりまでベアークローという技でひっかかれて敗北した。

 

その一件いらい、彼はペンタゴンと呼ばれることになったそうだ。ペンタゴンは女の子に負けるくらい喧嘩の弱い男だったが、性格は意外にも社交的で、誰からも好かれていた。また女の子に負けるくらい喧嘩が弱いくせに勇気だけは一丁前で、危険なことにも果敢にチャレンジする頼もしい男でもあった。

 

山を切り開いた住宅団地の一番頂上に近いところから、ふもとの小学校まで一度もブレーキをかけずに自転車で駆け降りるコンテストを実施した時も、完走できたのはペンタゴンだけだった。ほとんどの挑戦者は最初の交差点でビビッてブレーキを握っていたのに、ペンタゴンは狂ったようなスピードで大きな坂を駆け降りて行った。

この住宅街は「緑光園団地」という名前だったため、のちにこのイベントは「緑光園ノーブレーキチャレンジ」と呼ばれることになった。

 

その後、何人もの勇気ある少年たちがペンタゴンの記録に迫ろうと、緑光園ノーブレーキチャレンジに参加したが、誰もが最初の交差点でブレーキを握ってしまうのだった。

 

その日はペンタゴンの2回目の緑光園ノーブレーキチャレンジだった。スタート前、ペンタゴンは無謀にもバス通りコースを行くと、宣言した。

 

「やめとけっちゃ、お前。前回は裏通りやったけ、うまくいったんぞ。バス通りやら行ったら死ぬぞ」

 

周囲の心配をよそに、ペンタゴンは飄々と手を振りながら「だ~いじょうぶ。下で待っとって~。すぐ行くけ~ん。」と笑った。

 

バス通りは山の頂上から最短距離で一番下の中浜ショップまで降りてこれる。ノーブレーキならおよそ3分くらいでゴールするはずだ。

 

坂の一番下、中浜ショップの前の横断歩道から坂を見上げると米粒くらいの大きさのペンタゴンを手を振っていた。いよいよスタートだ。

 

観客たちはぐっと息を飲む。やや前傾姿勢になったペンタゴンの足が地面を蹴った。

 

二つ目の交差点を超えたあたりでスピードが頂点に達していた。ペンタゴンの上着が風でバタバタしている。

 

「行け~!ペンタゴ~ン!」

 

坂の下に集まった私達は自然とペンタゴンを応援していた。

 

ボスン!

 

と、最初の交差点で横から出てきた車にペンタゴンが轢かれた。

 

一瞬の出来事だったので、自分たちの目を疑ってしまったが、間違いない。ペンタゴンは轢かれた。車からおばさんが出てきて、横たわるペンタゴンを見下ろしていた。

 

「やべえ~!ペンタゴンが轢かれたぞ~」

 

その声をきっかけに全員がペンタゴンの元へと駆け寄った。うろたえたババアがペンタゴンを見下ろしていたが、顔面は蒼白だった。その白さは、そもそもババアのポテンシャルなのか、化粧の厚塗りのせいなのかは分からないが唇だけは妙に赤かった。

 

ペンタゴンは倒れたまま動かない。そこにいた全員がペンタゴンは死んだと思った。

 

そこにいた子供の一人が「ペンタゴンが死んだ~」と叫びだし、周囲の子供たちも騒ぎ出した。ババアはヒステリックな声で「ちょっと、あなた達、静かにしなさい!」と今度は顔面を紅潮させて叫んだ。唇は依然として赤いままだ。

 

騒ぎを聞きつけた近所の大人が出てきて、救急車と警察を呼んでくれた。

 

ババアはゴネていた。

 

「この子が急に出てきたの!」

「私は何にも悪くないの!」

「ね、あなた達、見てたでしょ!」

 

警察が来ると今度はババアが警察に詰め寄りゴネた。

 

「私は何も悪くないの!」

 

「まあまあ、奥さん、ちょっと落ち着いて、何があったか聞かせてくださいよ。」

 

警察がなだめるがババアの興奮は冷めない。

 

そして次の一言に、そこにいた全員が凍り付いた。

 

「私の方が被害者よ!自転車と車の頑丈さを同じだとしたら、私の方が轢かれた側よ!被害者よ!」

 

この一言でババアはその年のM.G.B.Aを受賞した。

 

 

 

その後の事情聴収で、我々子供たちは全員が口裏を合わせ、ババアがノーブレーキで交差点から出てきた、と説明した。

 

 

 

追記;ペンタゴンはあれだけ派手にぶっ飛ばされたにもかかわらず、足の捻挫だけで済んだ。事故についてはかなりの金額で示談が成立し、ペンタゴンは親から新しい自転車を買ってもらっていた。後日、その新しい自転車を自慢しに公園に現れた日を境にペンタゴンは事故成金と呼ばれるようになる。

 

トオイオモイデ

 

合掌

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

*