685発目 ヤスバスミスの話。


息子の通う小学校では、1週間に一度だけクラブ活動がある。学年やクラスにかかわらず好きなことがやれる至福の1時間だそうだ。

息子が所属するクラブは「工作クラブ」らしい。これは例えば諸外国に何食わぬ顔で潜入し、内部から国家の破壊工作を行う人物を育成する類のクラブではない。単純に様々な材料を使っておもちゃやオブジェを作成するクラブのことだ。

 

聞くところによると、もともと工作クラブは存在してなかったらしい。それを一人の少年が周囲に声をかけ、校長先生に掛け合い、新規で作られたクラブだとのこと。約半年が経過してクラブでリリースした作品は校長をはじめ、様々な先生方に好評だとのこと。

 

息子はもちろん、彼の手先の器用さを認められ発起人からいの一番に声をかけられたそうだ。何より私が感心したのはその発起人の少年だ。「なければ自分で作ればいい」との発想はまさに「工作クラブ」にふさわしいテーマではないか。その行動力に脱帽だ。

 

時代が変わってしまったと嘆くことはない。私の時代にもそうゆう行動力のある少年はいた。

 

ヤスは西鉄バスが好きだった。西鉄バスとは福岡を中心に九州の主要都市に路線バスを走らせる会社の名前だ。バスの保有台数は世界一らしい。夕方のラッシュ時に博多駅の屋上から大博通側を見下ろすと、駅前につながる道路のほとんどを西鉄バスが埋め尽くすという絶景に出会える。それは圧巻と呼んでもいい。

 

はたして、ヤスがその光景に圧倒されて西鉄バスを好きになったかどうかは不明だが、とにかくヤスは西鉄バスを好きだった。愛してたと言いかえてもいい。

 

5年生になったときのクラス替えでヤスと一緒になった。クラブ活動を選択する時間にヤスは先生にこう言った。

 

「やりたいクラブが1個も 無え。」

 

あきれた先生はそれでも優しくヤスを諭した。「何か試しにやってみたら?好きになるかもよ。」

 

しかしヤスは一歩も引かず、「バス部を作る」と言った。

 

ヤスに賛同したのは3~4人だったと記憶している。ヤスは先生に熱く語っていた。

 

「6年生になるまでの間にすべてのバス停の時刻表を暗記し、みんながどこからどこに行きたいかを瞬時に答えられることを目指す。」

 

その熱く壮大な目標に大人たちは圧倒され、しぶしぶ部の発足を認めた。

 

ヤスたちは小学校区内のバス停のすべてをピックアップした。それらすべての時刻表と行先、バスの番号などを一覧表にまとめた。

 

5年生の3学期も終盤を迎えた頃、各クラブでは一年間の活動の成果を発表しあう「クラブ発表会」が開催された。再注目はもちろんヤスの「バス部」だ。

 

ヤスたちはステージに畳3枚分はあろうかという模造紙にびっしりと路線を書き込んでいた。

 

マイクを握ったヤスが宣言した「行きたい場所を言ってくれればどこから何時に乗るかを答えます。」

 

「ああ、俺、おさゆき台公園から小倉駅まで行きたいんやけど。6時に着くにはどうしたらいい?」

 

ヤスはにこりと笑って余裕で答えた。

 

「木町経由なら24番に乗って5時25分発やね。北方経由なら33番で5時14分」

 

観客たちは興奮した面持ちで歓声を上げた。ヤスたちは一躍ヒーローになった。

 

そして終業式を終え、春休みになった。あと2週間もすれば我々は6年生だ。そんな3月の終わりに我々を衝撃のニュースが襲った。

 

「西鉄バスが3年ぶりにダイヤを全面的に改正」

 

ヤスたちが1年を費やして調べた時刻表が「無」になった瞬間だった。

 

ヤス ガ バス デ ミス

 

合掌

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