山梨への日帰り出張を終え、ようやく最後の乗換えを終えたときだった。 地下鉄中山駅には出発を待つ列車がすでに到着していた。地下鉄グリーンラインだ。
私はガラ空きの車内で、出入り口に近い座席を確保し、腰を下ろしてホッと一息ついた。 発車時刻が近づくにつれ車内には人が増えてきたが、まだまだ満員というほどではない。むしろガラ空きに近い。まばらだ。
列車後部の出入り口から一人の青年が乗り込んできた。私の位置からだと左後方だ。
「クソッ!クソッ!何だアイツ!何だアイツ!」
何やらご立腹のようだ。
閉じている方のドアの前に立ち、おもむろにガラスを殴った。 ドンっという大きな音が出たので乗客たちは青年の方を見た。
青年は乗客たちには背を向けた格好なので、見られていることには気がついてない。
「あいつめ!あいつめ!絶対許さない!」 ドンッ!
ほぼ全ての乗客が 「ああ、かかわらない方がいいタイプの男だ」 と判断したのだろう。 知らん振りをした。
青年はそのうち椅子に腰かけ、今度は足元をかかとで何度も蹴った。そのたびにガシャンガシャンと不快な音がする。
文句の一つも言いたくなったが、やめておこう。相手は少し、いや、かなり痛い奴だ。
私の右後方の入り口から割と大柄な男性が入って来た。男性は私の前に立ち、つり革を手にしたが、すぐに青年に気がついた。 それもそうだ、あんなに大きな音を出してるし大声で叫んでるから。
「ナイフだ、ナイフを持って行くしかねえ。」
青年は尚も毒を吐き続けている。 大柄な男性はそんな青年を首をひねって肩越しに、じっと見ている。
あなた、そんなに見てて、もし目が合ったらややこしいですよ。とアドバイスしたくなるほど大柄な男性は青年を見つめていた。
ぽつりと大柄な男性が声を漏らした。
「うわ~。」
それは私にしか聞こえないくらいの小さなつぶやきだった。
私は心の中で相槌を打った。
『ね?ね? ヤバイでしょ? あいつ危ないよ。 見ない方がいいよ』と。
大柄な男性を見上げている私の視線を感じたのか、男性は私を見下ろした。そのため、私と目が合った。
・・・あ、何か話しかけて来るかな?・・・
予感めいたものを感じた。男性はゆっくりと口を開き
「いや~ん。怖~い。 何あれ~。ドン引き~」
と言った。
お前もかい!
地下鉄グリーンラインは痛い奴ばっかりかい!
コワイコワイ
合掌