634発目 電車のアナウンスの話。


ライナーノーツ

先日、出張で大阪へ行った。

 

大阪といえば、漫才や新喜劇などの「お笑い文化」が一般市民にまで定着しているものだという先入観があった。きっと、こういう先入観は私だけでなく、私以外にもそういう人は多いのではないだろうか?

 

ボケたらツッこむ。

 

そんな私だから、あれ?ツッこまないの?と意外に思う場面にも出くわす。 なぜツッこまないのか? もしかして、私が観ている、もしくは聞いている「それ」はボケではないのではないか?とさえ思えてくる。

 

地下鉄御堂筋線で江坂から梅田に向かう途中の割と混雑した電車の中で、駅員でもなければ市営地下鉄の職員でもない一般の人が、大きな声で次の駅をアナウンスしている。

 

「次は西中島南方、西中島南方~。」

 

あれ?大阪の地下鉄はスピーカーからじゃなくて、一般の人が大声で告知して廻るシステムなのか?と勘違いしてしまいそうになる。

 

そんなはずは、あるはずもない。

 

誰もツッこまないのは、彼のボケがボケではないという認識なのか?ツッこむ価値もないという判断なのか?それとも「関わりになりたくない」という防衛本能なのか。 私には判断がつかない。

 

「なかもず行きの電車が入りま~す。 白線の内側へお下がりくださ~い。」

 

まだ、言ってる。

 

よく見るとまだあどけない少年のような顔をしている。 無精ひげが濃く顔の下半分が青く見える。 私は我慢できずに話しかけたくなるが、あまりにも自信満々で叫ぶ少年になす術はない。 となりに座る女性に聞いてみた。

 

「大阪って、いつもこんななんですか?」

 

「ああ、あの子は良く見かけますよ。」

 

「でも、彼が言ってるのはホーム側に立つ人に伝えるべき言葉ですよね?白線の内側にって」

 

「相手にしない方が良いですよ。」

 

私は彼女の言葉が的確なアドバイスなのだろうと理解した。 頭では理解した。 でも、私の本能が理解してなかった。

 

ツッこまなきゃ。 訂正しなきゃ。

 

やがて私が降りる予定の梅田駅についた。

 

結局、私は彼にツッこみも出来なければ訂正すらさせてもらえなかった。 正直に言おう。 勇気がなかったのだ。 私も次の予定があったので、関わりになりたくなかったのだ。

 

なんて意気地なしなんだ!ヤマシタよ!

 

私は自分自身を叱責したくなる気持ちだった。

 

梅田駅に到着した電車は、勢いよくドアを開け放った。

 

たまたま同じドアからその少年も降りようとした。 周囲と彼との間に隙間が出来る。 ああ、みんな避けてるんだな、と気がつく。

 

少年は私の肩にぶつかってきた。 私には避ける理由がないのでそのままドアの外に出た。 少年は再度、大きな声で、それは明らかに私に向けた言葉だったのだろうが、こう言った。

 

「白線の内側までお下が~りくださ~~い」

 

私はホームに降りた足を止め、下を見た。

 

 

 

 

黄色い線だった。

 

 

 

「おい!」

 

と言おうとしたとき、少年の姿は人ごみにまぎれて見えなくなっていた。

 

大阪の方々でライナーノーツをお読みの方にお願いがあります。 彼を見かけたらこう伝えてください。

 

白線ではなく黄色い線ですよ、と。

 

 

こうして私の大阪出張がスタートした。

 

次回、「大阪で見かけた靴底のない男」と「ビジネスホテルかと思ったらラブホテルを予約していた男」の二本立てでお送りします。

 

 

ンワクック

 

合掌

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