男として生まれたからにはこだわりが必要だ。
と、豪語する男に出会った。
私よりは3つから4つ歳下だと思う。 10年ほど前にそれまで勤めていた会社を退職し、後輩二人と3人で起業したらしい。 いわゆる「若手新進気鋭の社長」だ。
彼は会社の代表らしく、身だしなみもきちんとしていて言動にも驕りや昂ぶりは見られない。 背も高く色白の二枚目で、一見すると非の打ち所のないように見えた。
そんな彼は様々な場面でこだわりを見せる。
「ヤマシタさん、私はコーヒーにはこだわっているんです。」
そう言って彼は待ち合わせ場所に、とあるホテルのラウンジを指定してきた。 幸い、私もコーヒーは好きなので楽しみに待ち合わせ場所に向かった。
先に来ていて待っていた彼は立ち上がって迎えてくれた。 どうぞ、と向かいの椅子を勧めてくれ、私が座るまで立って待っていた。 私はそうゆう所作が大好きだ。
この男、出来る!
と、上から目線で思ってしまったのも事実だ。
彼のこだわりのコーヒーは、説明を受けたけど良く分からなかった。
「それ以外に何かこだわってる事ってありますか?」
私は率直に聞いてみた。
「色々あります。 車にもこだわりがあるし、何より私は他人にあれこれ指図されるのが嫌で会社を辞めたんです。だから他人からあれこれ言われることが大っ嫌いなんですよ。」
ただのわがままじゃねえか。
「だからATMとか嫌いなんですよ。 暗証番号をお入れください、とかっていちいち指図されるじゃないですか。」
「どうやってお金を下ろすんですか?」
「秘書にやってもらってます。」
「徹底してますねぇ。」
「電車も嫌いですよ。 白線の内側までお下がりください、って指図されるでしょ?」
「それは安全を考えてのことでしょ?」
「そうですね。 分かってるんですけど腹が立つんですよ。」
「じゃあ移動はもっぱら車ですか?」
「そうです。 今日も車で来てますから、この後、お送りしますよ。」
この男、なかなか変わってるぞ。 私の中の何かが警鐘を鳴らしていた。 気をつけろ!と。
「ちょっとウチのオフィスに寄りませんか? お時間は?」
私は時間に余裕があることを確認したうえで彼の申し出を受けた。 ホテルの地下駐車場に行くと彼の愛車が待ち構えていた。 若手の新進気鋭の社長だから、きっとポルシェとかフェラーリだろうと思っていたが、案に相違して彼の車は国産の古いSUVだった。
「意外でしょ? これでも車にもこだわりがあるんですよ。」
私は助手席に乗り込み彼のこだわりを聞くことにした。
「18で免許を取ってからずっとこれにしか乗ってません。とっても大事に乗っていて、毎日洗車しますし、駐車場もタワーパーキングを借りて、雨に濡れない様にしてます。もう15年になりますねぇ。」
車内はとても綺麗に掃除が行き届いており、彼のこだわりがうかがえた。
「さあ、ここです。 この駐車場の裏のビルが当社のオフィスです。」
彼が停めたところにはタワーパーキングの前だった。
パーキングに入れる前に私は助手席を降りた。 ターンテーブルの脇で彼が入庫するのを待っていた。
所定の位置まで車を進めると、彼は車を降り、後ろのシートから鞄を取り出した。
「ドアをロックしてください。」
「ギアをパーキングに入れてください。」
「ミラーをたたんでください。」
「すみやかに外に出てください。」
「アンテナを収納してください。」
機械の声ではあるが、この駐車場は一気に5つもの項目を指図してきた。
「お待たせしました。 さ、行きましょう。」
「いや、社長・・・」
「ん?どうしました?」
「今、一気にダダダ~っと指図されましたけど、それは良いんですか?」
「え?」
「ギアをバックに入れろとか、ドアをロックしろとか」
「それは安全を考えてのことでしょ?」
それさっきオレが言ったヤツや~ん!
ヘンナヤツ
合掌