623発目 ムシの話。


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人間の行為でもっとも愚かな行為が 『他人を無視する』 ことだと思っている。

 

クラスで仲間はずれにされた子が、全員から無視されるところを想像しただけで涙が溢れてくる。 無視は絶対ダメ。やっちゃダメ。

 

だから私は無視しない。 誰の事も無視しない。 終電で酔っ払いからからまれても無視しない。

 

例外は認めよう。

 

例えばこういう時。

 

駅前を女友達と一緒に歩いている女性のあなた。 正面からなにやらチャラチャラした男が近寄ってきた。

「ねえねえ、お姉さん、水商売とか興味ありませんか~?」

 

この場合は、逆に無視した方が良い。 なぜなら、彼ら曰く、 「相槌を打つ子は脈有り」 と先輩から教えられているからだ。 つまり無視されることを前提に声をかけている。 だから無視しなければならない。

 

それ以外は、無視しちゃダメ!

 

札幌の駅前でこんなことがあった。

その日は消費税が8%に上がる直前の3月最後の日曜日だった。 私は家族と札幌駅の地下を歩いていた。 3月下旬だがまだまだ地上には雪がどっさり積もっている。 札幌市民のほとんどは雪のない空調の利いた地下街を歩く。

地下鉄南北線札幌駅とJR札幌駅をつなぐ連絡通路の途中にあるイベント広場のところで若いお姉さんが話しかけてきた。

 

前述の通り私は誰の事も無視しない。 いつなんどき、誰の挑戦でも受ける。 そうゆう男だ。 だから家族が一緒にいるにもかかわらず、はいなんでしょうか?と相槌を打った。

 

「今、札幌にお住まいですか?」

「はいそうです。」

「札幌のどさんこワイドです。 今、消費税増税を目前に控えてご家庭でどんな対策をしているかアンケート取ってるんですが、ご協力してもらえませんか?」

 

私は奥様の顔を見る。 奥様も「別に良いんじゃない?」とお許しが出た。 いや、むしろ奥様の方が積極的だった。 テレビに映りたがってるな。

 

「じゃあ、ちょっと準備しますね。」

 

するとお姉ちゃんの後ろに控えていたクルーが慌しく動き出した。 照明が我々家族を照らす。 ディレクターみたいな人がOKサインを出した。

 

「はい、こちらJR札幌駅の地下、イベント広場前です。こちらのご家族にお話を聞いて見ます。よろしくお願いします。今日はどちらからいらっしゃったんですか?」

 

「西区です。」

 

奥様が答えた。 私は子供達と手をつないで面白くもないのにニコニコしていた。 その方が良いと思ったからだ。 突然、3歳の娘が話し出した。

 

「違うやん。福岡からやん」

 

お姉ちゃんは明らかに狼狽した。

 

「あ、違うんですよ。 昨年の春に福岡から転勤してきたんですけど、娘はまだそのことに気付いてないんです。」

 

私は冗談でそう答えた。 お姉ちゃんは笑ってくれて

 

「そうなんですね~。 福岡に比べると札幌は寒いでしょう?」

 

と取り繕ってくれた。

 

「もうだいぶ慣れましたね。 夏はエアコンがなくても過ごせるし、でも一年中ストーブを出しっぱなしなのには驚きましたけど。」

 

「ストーブですねぇ。 そういえば消費税増税を明日に控えて何か買いだめとか対策は取ってらっしゃいますか?ほら、灯油を買いだめしたり。」

 

「いえ。ウチのストーブはタンクから自動で供給してくれるやつなんで、買いだめできないんです。 対策はこれと言ってやってないですねぇ。たかだか3%くらいですから。」

 

奥様は笑いながら答えた。

 

「あらあ、何も? そうですか。 みなさん、結構やってらっしゃるみたいですが・・・」

 

後ろからディレクターらしき男がお姉ちゃんを呼んだ。 お姉ちゃんはその男とひそひそと話をし、戻ってきた。

 

「それではあどうもありがとうございました。」

 

え?もう終わり?

 

テレビクルーはそそくさと去っていった。 奥様は私に 「あんたがつまらん冗談言うけ、カットされるんやないん?」 と毒づいた。

「一年も経っとるのに引越したことに気がつかん訳ないやろ!」

 

「いや、それよりも君の答えの方がまずかったんじゃない? あれはきっと買いだめをしていると言って欲しかった感じやったよ。」

 

「ねえ、お父さん、テレビに出れるん?」

 

子供達が聞いてくるが、我々にはそれが放送されるかどうか分からない。

 

その日から、普段は観もしない どさんこワイドを毎日録画した。

 

結果から言うと我々のインタビューは使われなかった。 使われなかった理由について私達夫婦はお互いに責任をなすりつけあったが、真相は分からないままだった。

 

その年の夏。 キャンプで朱鞠内湖を訪れたときのことだ。 夜ご飯の準備をしていたら一人の青年が近づいてきた。 彼は名刺を差し出しながら名乗った。

 

「北海道新聞のタテヤマと申します。 取材させてもらってもよろしいですか?」

 

私は快諾した。

 

「お子さんはお二人ですね?」

 

私は頷いた。

 

「夏休みの宿題についてお伺いしたいのですが。」

 

彼は小さなメモ帳を取り出し、私の方を覗き込んだ。

 

「ご家庭でのお子さんの教育方針についていくつかお伺いします。 キャンプを通じてお子さん達に何を知ってもらいたいですか?」

 

私はここでも冗談を言い放った。

 

「そうですね。自宅からここまでの道のりを覚えて欲しいですね。」

 

「え?」

 

「いや、冗談です。」

いかん。スベった。

 

「あっはっは、そうですよね。 今日はどちらからいらしたんですか?」

 

「札幌市内に住んでいるのですが、今日は稚内から来ました。 昨日まで稚内でキャンプしてました。」

 

「ほほう。なるほど。で、どうでしょうか? キャンプを通じてお子さん達に知って欲しいことってありませんか?」

 

「火の使い方とか、水の大切さとかですかね。 この子たちには将来、ハワイでリンボーダンサーになってもらおうと思ってますんで。」

 

彼はしばし思案顔になり、そしてメモ帳を閉じた。

 

「ご協力ありがとうございました。」

 

「あ、これいつの新聞に載りますか?」

 

「締め切りに間に合えば明日の朝刊です。では、失礼します。 これご協力いただいた方に差し上げている粗品です。」

 

彼はそういってカブトムシの形のクリップをくれた。 カブトムシの背中には「北海道新聞」と筆文字で書いてあった。

 

翌朝、私はキャンプ場の管理棟に行き新聞を読ませてもらった。 隈なく読んだが私への取材の記事は見当たらなかった。

 

きっと、彼が思っていたのと違う反応を私がしたからだろう。

 

マスコミよ!

 

私を無視しないでくれ!

 

テントに戻ると奥様が私にポツリと漏らした。

 

「ねえ、今度からインタビューには答えんようにしよ。 無視しよ。 受けたって使ってもらえんし、なんか悔しいやん。」

 

無視されて悔しいから今度はこっちが無視をする。

 

私がもっとも嫌いなパターンだ。

 

だが、仕方ない。

 

決めた。

 

今後はマスコミからの取材は全てお断りだ!

 

それ以来、マスコミから声をかけられることが一切なくなった。

 

マスコミよ!

 

無視したいから声をかけてくれ!!!!!!

 

スベッタコトイウカラツカワレナインダ

 

合掌

 

 

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