奴が連絡してきたのはその次の日の夜の11時くらいだった。
「今くさ、地元の友達が来とうったい。それでくさ、そいつがくさ、絵のうまかっちゃん。今から来てんよかや?」
彼の地元の方言では「今から行くね」ではなく「今から来る」という表現をする。違和感を感じつつも私は昨日の「こぶのほうどる」事件が解決してなかったので、気になった。 だから初対面であろう奴の友人をそんな時間にもかかわらず受け入れることにした。
奴は部屋に入るなり紙と鉛筆を私に求めた。
「こいつな、ショウヘイ。 小学校からの友達でその頃から絵がうまかったったい。だけんくさ、こぶの絵ば、描いちゃろうかと。」
「こぶ」の話題であればこちらとて願ったり叶ったりだ。 だが一応、念のため聞いてみた。
「ショウヘイ君はこぶって何?って聞かれたら何て答える。」
「こんくらいの大きさの虫やね。 何? こぶ知らんと?」
ショウヘイはそう言って指の先で「こぶ」の大きさを示した。
おお。意外と小さいな。 じゃあ、と促してショウヘイの前に紙と鉛筆を差し出した。
さらさら、と鉛筆を紙面に走らせ、ほら、と私に差し出された絵がこれだ。
全っ然、上手くない。
私は想像力を駆使して奴の描いた絵との相違点から答えを導こうとした。
①目がない
②足の数が違う
③尻尾みたいなのがある。
「おお!やっぱショウヘイはうまかねぇ。絵描きば目指せば良かったとに。」
だめだ。こいつとは意見が合わない。
「おい。これでも分からんぞ。」
「何てや?せっかくショウヘイが丹精こめて描いたとに。 も~う。分かったわ。 ほんなら今度、実物ば持って来て見しちゃる。」
丹精こめてって、あんた。 サラサラってものの数秒で描き上げたやん。 二人はさっさと立ち去ってしまった。
そして翌日。ビニール袋を提げた奴がみたび私の家を訪れた。
「結構、往生したんぞ、捕まえるの。ほら、これがこぶたい。ほんなこつサトルはひゅーなかね。」
ああ、未解決の言葉が二つもあるのに更に新しいワードが・・・
「ひゅーなかって何?」
私はもう彼から正解を導き出すのは無理だと思ったが一応聞いてみた。
「あれたい。変な奴とかそう言う意味ったい。」
なんとなく想像はついてたけど、悪口だったのね。 奴はビニール袋をぐいっと私に押し付け立ち去った。
部屋に入り、袋を開けると、そこには無数の蜘蛛が入っていた。 そりゃあ往生したやろう、と思える数だった。 ちなみに「往生する」というのは本来「処置に困る」という意味だが福岡では「大変だった」という意味で使われる割とポピュラーな方言だ。
蜘蛛か。
あのショウヘイが描いた絵の尻尾は糸だったのか・・・
安堵したのもつかの間。 私はもう一つの問題を思い出した。 「ほうどる」だ。 蜘蛛が巣を張っているという意味のような気がした。 そうすれば彼が言った「はわいた方が・・」というセリフにも合点がいく。
だが、あの時もそして今も私の部屋には蜘蛛の巣はない。 どうにも腑に落ちない。
正解は意外なところで発覚した。
私は奴に渡された「こぶ入りのビニール」を持って歩いていた。どこかに放そうと思っていたのだ。 駅前を通り過ぎようとすると英会話教室の前でアメリカ人らしき外国人がティッシュを配っていた。
「どげんですか~?英会話に興味はなかですか~」
と、覚えたてらしき博多弁で愛想よく配っている。 私がすれ違いざまにティッシュを受け取ると彼が飛び上がって驚いた。 彼はじっと「こぶ入りのビニール」を凝視している。
「こぶやなかですか~。何でそげんようけ持っとうとですか?」
なんと、この外国人はこぶを知っているのか?
「これがこぶって何で知ってるの?」
そう尋ねた私にその外国人は笑って説明してくれた。
「私は八女に5年間住んでました。 日本語もそこで覚えました。」
「日本語ではこれを蜘蛛って呼ぶんだよ。」
「ええ、知ってます。もちろん標準語も勉強しましたから。日本の方言難しいですが、大変面白いです。」
もしかしたら、この外国人なら知ってるかもしれない!そう思った私は彼にこう尋ねた。
「じゃあさ、じゃあさ、ほうどるって何て意味?」
外国人は薄い笑みを浮かべあっさりと答えてくれた。
「壁に張り付くという意味です。」
やったぞ!
解決したぞ!
ってゆうか「壁に張り付く」を方言にする必要って何だろう? 何をどう経由したら「壁に張り付く」が「ほうどる」に変化するのだろう?
頭の中の靄が晴れていくようだった。私はその先の空き地で「こぶ」を解き放つと、その足で奴のアパートに向かった。
「おい!分かったぞ!蜘蛛が壁に張り付いとうって意味やろ?」
「ああ、そういう言い方ね。何ね、ずっと調べよったと?サトルはほんなこつむぞかね。」
むぞか?
また新しい疑問が・・・
こいつと喋っているときりがない。
ホウゲンッテステキヤン
合掌