横浜1963


本db

私は戦争を知らない。

 

学校の授業や本で得た知識だけだ。

 

戦時中の過酷さは創造に難くない。だが戦後の日本の復興のスピードは、良いところだけがクローズアップされて実はその影に隠れてこんな事もあったんだと知る機会は、少ない。

 

本作はその戦後の横浜が舞台になっている。 アメリカ軍が進駐してきて、横浜市内に住居を構えコミュニティーを形成していった頃に生まれた人々が成人してからの話だ。 タイトルどおり1963年の横浜の話なのだ。

 

筆者の伊藤潤は1960年の横浜生まれだ。 だからこの物語の頃はまだ3歳でしかない。 だから恐らく彼も想像や残された文献や、聞いた話しを基に作話したのだろうと思う。(そうではないかもしれないが)

だが、そもそも歴史小説を書く筆者は(デビュー作は「武田家滅亡」)、近代史にも造詣が深いのであろう。 かつては戦国時代を舞台にした短編集 「国を蹴った男」 で吉川英二文学新人賞を受賞した経歴もあり、ノンフィクションを中心に作品をリリースしてきた彼が自身初の小説に挑んだ作品がこの 「横浜1963」 である。

 

東京オリンピックを翌年に控えた横浜は、あちらこちらで建築ラッシュが起こっていた。 終戦から18年が経過したとはいえ横浜にはアメリカの進駐軍が駐留しており横須賀には米軍キャンプもあった時代だ。 見た目は白人そのものの主人公ソニーは日本人の母親とアメリカ軍人の間に生まれたハーフだ。

 

極貧の幼少期、差別を受け続けた少年期を経てソニーは警察官になった。 彼の仕事は外事課である。 日本人ともめたアメリカ人を米軍の警察に引き渡す際の通訳などの仕事に従事していた。 あるとき、一人の日本人女性の遺体が海から上がる。 死因は窒息死だが腹部に付いた傷跡から凶器が米軍の使うアーミーナイフだと気がついた上層部はソニーを会議室に呼ぶ。

 

もし、犯人がアメリカ兵ならよっぽどの証拠を突きつけないと尋問すらさせてもらえない。 ましてや強行に捜査を進めると外交問題に発展しかねない。 頭を悩ませた日本警察上層部はソニーに当たり障りのない捜査をさせて手打ちにしようと考えていた。

 

だが、被害者の女性に死んだ母親の面影を重ねたソニーは独自で捜査を始める。 次第に見えてきた状況証拠を一か八かの賭けで軍警察のショーン坂口に相談してみることにした。 ショーンは日系3世だ。 見た目は丸っきり日本人なのに米国籍を持つ。 彼もまた小さな頃からその見た目で差別を受けてきた。

亡くなった彼の祖父の口癖は 「Do the right things.」 だった。 だが正しいことをやろうとして立ち上がった祖父はアメリカのマフィアに殺されてしまう。 それを見たショーンの父親はショーンにこんな言葉を残した。 「Do the right things for white man 」 白人にとって正しいことをしろ。 その言葉は白人社会で生きていくための有色人種の切実な思いだった。

「彼もきっとひどい差別を受けてきたのだな」

そう考えたショーンはソニーの捜査に協力する決意をする。 そうすることで軍での立場は悪くなり出世も見込めない。 だがショーンは祖父の残した「Do the right things.」が頭から離れなかった。

 

やがて奇妙な二人がたった一度だけのバディを組んで事件を真相へと導いていく。 状況証拠は固まった。 後は本人の自供を取れれば事件は片付く。 そう考えたショーンは容疑者にそれとなく事件のことをほのめかした。 容疑者の良心に賭けたのだ。

 

だが、事件解決まであと一歩のところでショーンはベトナム行きの命令を受ける。

 

志半ばでベトナム行きの洋艦に乗り込むショーン。 そこには容疑者のキャンベルも乗り込んでいた。 ショーンに話しかけてきたキャンベルはそこで重大な告白をする。

 

一方、日本に残ったソニーはショーンの転勤で打つ手がなくなり事件解決をあきらめていた。 日常の仕事に戻ったソニーは犯行に使われたキャンベルの車が本牧を走っていたとの目撃情報を得る。

 

事件は意外な展開を見せてきた。

 

キャンベルの告白とは? 日本に残り犯行に使われた車を運転するのは誰だ? 更なる被害者が出るのか?

 

作中に出てくるタバコの銘柄や横浜の様々なスポットは横浜在住の人なら、うんうん、と頷きながら読むことだろう。 「そうそう、そのトンネルを抜けて右折すれば・・」 とか 「へえ、長者町ってそんな町だったんだぁ。」 とか、現在とは違うかつての町の表情も楽しめる。

 

横浜が好きな人は必読だ!

 

合掌

 

 

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