私の生まれ育った町には「菅生の滝」という場所がある。 「すがおのたき」と読む。 尺岳という山から沸いた水は菅生の滝で勢いをつけ、道原(どうばる)という貯水池を経て、紫川と名前を変え、洞海湾に流れ込む。
小倉南区の最も南に位置するこの菅生の滝は、地元のみならず、福岡近郊の人々が避暑目的で訪れる観光地の一つだ。
小学生のころ、夏休みなれば水着を持ってこの滝へ行っていた。滝壺がちょうど水浴びするのに最適な広さで、山間の日のあたらない場所にあるせいか、とても冷たい。 しかも小学生が泳ぐには深すぎる水深は、やんちゃな小学生の勇気を図るのに最適といえた。
「いや、深いし、やめとこうや。」
「なんや、サトル、根性がねえのう!バシュっと飛び込んでみい!こうやるんじゃ~い!」
意気地なしの私が岸に立ってマゴマゴしてたら、クラス一のやんちゃ坊主のタカシが飛び込んだ。 ものすごい水しぶきとともにタカシは滝壺の一番深い場所めがけて潜っていった。 数秒後、水面に現れたタカシは得意満面で、みんなに向かって叫んだ。「気持ちいいぞ!お前らも来い。」
私以外の男の子は全員、飛び込んだ。意気地なしのレッテルを貼られるといじめられるかもしれない、という危機感が全員を煽る。だが私はまだ気持ちの整理がつかない。 滝壺の近くで手羽先を食べながらビールを飲んでいるオッサンが私に声をかけてきた。
「ボク、ビビルことはないぞ。頭から飛び込んで手が底についたらすぐ上がって来てみ、2秒くらいやけおぼれることも無いわ。」
この見ず知らずのオッサンの言葉に励まされ、さあ、飛び込もうとしたそのとき、
「人の骨があった!」
とケンジが叫んだ。 子供たちは一時騒然となる。 どこや?このへんか? 勇気のあるタカシがもう一度潜る。 ザバンと水面に顔を出したときは青ざめていた。
「ホントや、人の骨が沈んどる。誰か自殺したんやねえんか?」
それまで、勇気を振り絞っていた奴らも全員がビビって上がってきた。 ビールで顔を真っ赤に染めていたオッサンが私に耳打ちした。
「全員上がってきたのう。お前が今から飛び込んで、その骨を拾ってきたらヒーローやないか?」
確かに。 私はおじさんの提案に乗ることにした。 「オレ骨拾ってくるわ。」「やめとけサトル、祟られるぞ」「危ねえぞ!サトル!やめとけっちゃ!」 友人たちは私を気遣った。 だが、私の決心は揺るがなかった。
ザバ~ン。
私は水中でもしっかりと目を開け、底に落ちているはずの骨を探した。 骨はすぐに見つかった。私はそれを手にすると水面めがけて上がっていった。
「サトル大丈夫か?」
私は水面付近で立ち泳ぎをしながら握り締めた骨を見た。
さっきのオッサンが捨てた手羽先の骨だった。
ゴミハ モチカエリマショウ
合掌